51 あの時の真実
オズフリートはじっとイグニスを見つめたまま、感情の読めない笑みを浮かべる。
「……どうして、そう思った?」
『……その顔、十歳そこらのガキができる顔じゃねぇんだよ。最初はあんたもリリスみたいに、五年後の記憶を持ってるのかと思った。でも……五年どころじゃねぇんだろ』
イグニスは今の時間軸で初めて会った時から、オズフリートに違和感を覚えていた。
とても十歳の子どもとは思えない、大人びた態度。
それに自分で殺したはずのリリスに見せる執着は、どう見ても異様だ。
『リリスが死んで、すぐに俺もあんたに殺された』
イグニスと契約を交わしてすぐに、リリスはオズフリートを殺しに王宮へ向かっていった。
その時に「王子の暗殺なんて簡単だ」とリリスに告げたのは嘘じゃない。悪魔の力があれば、簡単に成し遂げられるはずの復讐だった。
だが、リリスは失敗し、元婚約者の王子の手によって命を落とした。
契約者の気配が消えたことに、すぐに気が付いたイグニスは慌ててリリスの元へ向かい……その時目にした光景は、今もはっきりと覚えている。
――「リリス、リリス! 目を開けてくれ!!」
おびただしい量の血を流し、ぴくりとも動かないリリスと、そんな彼女を抱きしめ必死に呼びかけるオズフリート。
リリスが既に事切れているのは、誰の目にも明らかだった。
――「ありゃー、死んじゃったか」
――「っ!? お前は……誰だ!?」
――「その子と契約を交わした悪魔でぇす。悪いけど、そいつの魂がまだ残ってたら食べ――」
イグニスの記憶は、そこで途切れている。
言葉の途中で、怒り狂ったオズフリートに斬り殺されたからだ。
まさか悪魔の自分が、油断していたとはいえ人間に一撃で葬られるとは。
リリスに話せば大爆笑された上に、後々までそのネタでいじられることは間違いない。
なので、あえて黙っていたのである。
『俺とリリスの時間はそこで止まった。で、気がついたら時間が戻っていた。てっきりあんたも、俺たちと同じ時間から巻き戻って来たのかと思ってたけど……』
それにしては、彼の態度は不自然なのだ。
例え自分たちと同じく記憶が残っていたとしても、とてもリリスと同じ十五歳だったとは思えない。そこらの大人よりも、彼はずっと場数を踏んだ肝の据わった男だ。
おそらく、彼は――。
『あんた、俺たちが死んでから何年後の未来から来たんだよ』
重ねて問いかけると、オズフリートはどこか疲れたように笑う。
「一年でも、十年でも、百年でも同じだよ。むしろ悪魔の君からすれば、瞬きのような時間じゃないのかな」
『誤魔化すなよ。別に中身がおっさんでも俺は引かないから大丈夫だって。リリスには黙っといてやるから』
そう茶化すと、オズフリートはどこか冷めた視線を向けてきた。
おぉ怖い。これ以上からかうと中身の綿を引きずり出されてしまうかもしれない。
「実際に……僕にとっては何年でも同じなんだ。リリスがいなくなってから、ずっと時が止まったかのような日々を過ごしてきたから」
『ふぅん……情熱的っすね。じゃあ何で、そこまで入れ込んでるリリスを殺したんだよ』
そう問いかけると、オズフリートはその時初めて辛そうに顔をゆがめた。
「今更何を言っても言い訳にはなってしまうけど……僕は、リリスを殺すつもりはなかった」
『あんなにグッサリいってたのに?』
「最初からああなることが分かってたら別の手を打っていた! ただ……あの場所と、王族の血筋の特異性を失念していた僕の落ち度だ」
もはやオズフリートの視線はイグニスの方を見ておらず、彼は虚空を見つめたまま呟いている。
「この聖域が結界に守られているように、王城にも王族を守るために様々な仕掛けが施してある」
『ここの結界は結構ガバガバだと思うけどな。俺が普通に入れるくらいだし』
「堕落した神官の施す結界なんてその程度だよ。ただ……王城の仕掛けは本物だ。王族の血を引く僕でも、すべてを把握できているわけじゃない」
ぐっとこぶしを握り締め、珍しく感情をあらわにしたオズフリートは一息に告げる。
「リリスが僕を殺そうとした時、王城の仕掛けが発動した。王族たる僕を守るために、王家の剣は敵であるリリスを排除しようと動き出した。僕は……すぐ近くにいたのに、止められなかった……!」
オズフリートが悔しそうに呟いたその言葉に、イグニスは驚いた。
彼の言い分を聞く限り、あの時リリスが死んだのは――。
『ある意味、事故だったってことか』
「……いや、リリスは僕のせいで死んだ。それは事実だ。僕は……あの時、リリスに殺されてもいいと思っていた。これで終われると思ったら、安心したんだ。もっと、周囲の状況に気を配っていれば……!」
そう言って、オズフリートは俯いて黙り込んでしまった。