50 交錯する過去と未来
「あの、オズ様……」
「なにかな?」
「私……ここで寝るんですか?」
案内されたオズフリートの部屋は、どうみてもVIP用の豪華な部屋だった。さすがは王族待遇である。
だが、用意されているベッドは一つだけだ。
まさかリリスに床で寝ろと言うのだろうか。
「勿論、君はベッドを使ってくれて構わないよ。大丈夫! 変なことはしないから!」
「えっ?」
「……ごめん、そういう心配じゃなかった?」
困ったように笑うオズフリートに、リリスは彼の真意を読み解こうと頭をひねる。
――変なことはしないって……寝てる間に息の根を止めるような卑怯な真似はしないってこと? いえ、簡単に信じては駄目よ。オズ様のブラフかもしれないじゃない!!
「今日はいろいろあって疲れたよね。ゆっくり休んで欲しいんだ」
「でも……」
「大丈夫。ここには何重にも結界を張ったから、さっきみたいな魔獣や、神官たちも入れない。安心して眠ればいい」
手を引くようにして、オズフリートはリリスをベッドへと連れていく。
「……やっぱり心配かな?」
「そりゃあ、まぁ……」
魔獣や神官も恐ろしい。だが何よりも、目の前の婚約者がリリスにとっては何よりも恐ろしかった。
リリスが眠りに落ちた途端、彼が豹変して殺しにかかってきたりはしないのだろうか。
「うーん、じゃあ、こうしよう」
オズフリートは部屋にあったチョークを手に取ると、ベッドの周りにぐるぐると魔法陣を描いていく。
そしてナイフで軽く指先を切り、完成した魔法陣に血を一滴垂らして呟く。
「<オズフリート・エールデ・セレスティアルの名において宣誓する。今宵、決してリリス・フローゼスを傷つけないことを>」
それは、古来より伝わる魔術的な意味を持つ<宣誓>だった。
日が昇るまでの間、リリスが魔法陣の中にいる限りは、オズフリートは自らの宣誓に縛られ決してリリスを傷つけることはできない。
「これで安心した?」
「はい、まぁ……」
オズフリートの行動の意味は不明だが、宣誓を破ることはたとえ王族であってもできないだろう。
――証拠不十分で、様子を見ようとしてるのかしら……?
何にせよ、今晩はオズフリートの襲撃に怯えずに済みそうだ。
そう思うとどっと疲れが襲ってきて、リリスはもぞもぞと毛布の中に潜り込む。
もう、今の事態について考えるのも億劫だ。オズフリートがリリスを害しない以上、彼の存在は無視して寝てしまおう。
「そのぬいぐるみは置いておいた方がいいんじゃないかな」
「はぁい……」
言われるがままに抱いたままだったぬいぐるみのイグニスを手渡すと、オズフリートはイグニスをソファに座らせてくれた。
「おやすみ、リリス。<愛しの君にヒュプノスの祝福を>」
そう囁く声が聞こえた途端、リリスの意識は微睡みの中へと沈んでいく。
リリスが穏やかな寝息を立て始めたのを確認して、オズフリートはずり落ちた毛布を掛けなおすと、室内のソファに腰掛けた。
ちょうどイグニスが置かれた位置とは、真正面の席に。
「……さて」
……きっと独り言だろう。
イグニスはそう自分に言い聞かせ、無反応を貫こうとした。
だが、オズフリートの視線はどう見てもぬいぐるみのイグニスに注がれている。
「一度、君とゆっくり話がしたいと思っていたんだ」
……独り言、なのだろうか。
きっと人間の体だったら、だらだらと冷や汗をかいていたはずだ。
そんなことを考えていると、オズフリートは決定的な一言を口にしてしまう。
「微睡みの祝福を掛けたから、リリスは朝まで起きないよ。だから……ゆっくりと話し合おうじゃないか、イグニス」
その言葉にイグニスは観念した。
何となくそんな気はしていたが、やはりこの王子にはバレていたようだ。
『あー、いつからわかってたんです?』
「君がぬいぐるみに化けていること? それとも……君の正体が、リリスと契約を交わした悪魔だってことかな?」
オズフリートは笑っている。
だがその笑みにぞくりとするような冷たい気配を感じて、イグニスは深くため息をつく。
『……そんなに警戒しなくても、俺はあんたの婚約者にこっそり手を出したりはしないんで大丈夫っすよ』
「契約者の願いを叶えたら、悪魔は魂を喰らうんだろう」
『まぁその時はその時ってことで。それより、俺もあんたに聞きたいことがあるんだけど?』
オズフリートはまったく焦ることもなく、優雅に足を組みなおして笑った。
「いいよ、何を聞きたい?」
イグニスはじっとオズフリートを見つめ、問いかける。
『あんたは…………いったい何年後の未来からやって来たんです?』
その質問を受けて、オズフリートはすっと目を細めた。