49 一難去ってまた一難
「リリス……よかった」
痛いほどに強く抱きしめられ、リリスはこのうえなく混乱した。
――え、なに……? どういうこと……?
「あの、オズ様、苦しいのですが……」
おそるおそるそう口にすると、オズフリートははっとしたようにリリスの体を離す。
「っ、ごめん……!」
どこか気まずそうなオズフリートを眺めながら、リリスはいったいこれはどういうことなのだろうと首をひねった。
――私は「天の花嫁」役に選ばれて、オズ様と二人で聖神殿で祈ることになって、夜になったらここは聖域なのに魔獣が襲ってきて、オズ様が私を殺すのかと思ったら助けてくれた……のよね……?
駄目だ。さっぱり状況が分からない。
わけがわからなすぎて、不思議と感情が凪いできた気すらする。
「オズ様、今の状況は――」
とりあえず彼に何が起こっているのかを尋ねようとした時、バタバタと廊下を走るいくつもの足音が聞こえてくる。
「殿下、ご無事ですか!?」
やって来たのは、この聖神殿に仕える何人かの神官たちだ。
昼間、神殿の中を案内してくれたのでリリスも彼らの顔には見覚えがあった。
だが彼らがやって来た途端、オズフリートはまるでリリスを自身の背後に隠すかのように前に出たのだ。
「……神殿内に魔獣が侵入し、フローゼス公爵令嬢が襲われた。これは、どういうことだ」
普段の穏やかな様子からは想像できない、地を這うような低い声だ。
一瞬、それが目の前の婚約者が発している声だとリリスは理解できなかった。
「ま、魔獣が……? そんな馬鹿な――」
「侵入した気配すら察知できなかったのか? ここの神官の質も落ちたものだな」
オズフリートの無事を確認し、安堵していた神官たちの表情が徐々に強張っていく。
リリスはやっぱりわけがわからなくて、口を挟むこともできずにただ状況を見守る。
「とっ、とにかく……公爵令嬢には別の部屋を用意いたしましょう。さぁ、こちらへ――」
「触るな」
リリスの方へと伸ばされた神官の手を、オズフリートが冷たくはたき落す。
彼らしからぬ冷淡な対応に、リリスは思わず絶句してしまった。
「リリスは僕の部屋で預かる。一度侵入を許した以上、お前たちは信用できない。今すぐ結界を確認、修復しろ。もしもう一度魔獣の侵入を許すようなことがあれば……全員、それ相応の報いは覚悟するように」
まるで死刑宣告のような言葉に、神官たちは震えあがった。
そんな神官たちを冷たく一瞥して、オズフリートはゆっくりとリリスの方を振り返る。
「それじゃあ、僕の部屋へ行こうか」
「へ? あっ、はい……」
こちらを振り返ったオズフリートは、いつものように穏やかな笑みを浮かべていた。
その切り替えの早さに、リリスは神官たちとは別の意味で震えあがる。
――や、やっぱりオズ様は侮れないわ……! この感情の切り替えの早さ、尋常じゃないっ……!
これも彼の策略なのだろうか?
ぐるぐると考え込んでいたリリスは、オズフリートの部屋へ入った瞬間に気が付いた。
……もしかして今夜は、一晩ここで油断のならない婚約者と共に過ごさなければならないのでは!?