4 復讐計画再始動!
一、悪魔は契約者に力を与え、契約者の望みを叶えなければならない。
二、願いが叶った暁には、契約者は悪魔に魂を差し出さなければならない。
要点はたったの二つ。
「簡単だろ?」と囁く悪魔に頷き、リリスはその契約を受け入れた。
魂を差し出すことなど、怖くもなんともない。
復讐を果たすためなら、何を犠牲にしてもかまわなかった。
◇◇◇
「つまりだな。願いを叶える前にお前が死んだから俺はお前の魂を手に入れられなかった。だが、契約は破棄されなかった。そのまま時間が巻き戻ったから、今も契約は継続中なんだって」
「はぁ? 意味がわからないわ。というよりも、どうして時間が巻き戻ってるのよ!」
「俺に聞くなよ。俺だってこんなこと初めてで、わかんねぇよ」
「役に立たないわね……」
何はともあれ、目の前の悪魔――イグニスとリリスの契約は未だ有効だということらしい。
となれば、やることは一つだけ。
「……時間が巻き戻ったからと言って、私の願いは変わらないわ。私を貶めた者たちへ復讐してやるのよ! だから、もう一度私に力をちょうだい」
時間が戻った際に、リリスは悪魔から与えられた力を失ってしまった。
だが、こうしてもう一度会えた。今度こそ闇の力を使いこなし、王子をはじめとする者たちへ無慈悲な鉄槌を下してやるのだ……!
だが、もう一度力をよこせと要求すると、イグニスはぽかんと間抜けな表情を浮かべた。
「え、お前が持ってんだろ?」
「……え?」
「悪魔は契約者に力を与える。自分の力を削ってな」
それは知っている。
一度契約した時に、同じようなことを聞かされた。
「だから、今の俺はほとんど力を持ってない。お前にやっちゃったからな」
「…………は?」
リリスはおそるおそるイグニスを見上げる。
視線を合わせただけで、イグニスもおそらく同じ考えに至ったということが分かった。
「まさか、時間が戻ったからその力が無くなってるなんてことは……」
「……そう、かも」
イグニスは驚きに目を見開き、リリスは呆然とその場にへたり込んだ。
今の自分からは、オズフリートを殺そうとしたときのような絶大な力を感じられない。
どうやら時間が巻き戻るというイレギュラーな事態に陥った結果、悪魔との契約だけが残り、リリスが手に入れた力はどこかに消えてしまったらしい。
すべてを捨てる覚悟で悪魔と契約を結んだというのに、まさか、悪魔から与えられるはずの力が失くなってしまったなんて……。
「そんなの、おかしいじゃない……!」
大した力もない悪魔など、何の役にも立たない。
こんなの、誇大広告を利用した契約詐欺ではないか!
リリスは怒り狂ってイグニスを糾弾した。
「役立たず! あなたを契約相手に選んだ私が間違ってたわ! 絶対にうまくいくって言ったくせに!!」
「それは俺も悪いと思ってるって! なぁ、もう復讐なんてやめて、もっと簡単な願いにかえよう、な?」
「そんなことできるわけないじゃない! 私は絶対あいつらを許さないんだから!」
「なぁ、時間が巻き戻ったってことは、お前が受けたひどい扱いもチャラになったってことだろ。それなら、今度はもっと平穏な人生を――」
「嫌よ」
時間が巻き戻ったからと言って、一周目の出来事は、リリスが受けた屈辱ははっきりとこの胸に残っている。
なかったことになど、できるはずがない。
力が無くなったって関係ない。今度こそ、復讐を遂げなければ。
「私は絶対に復讐を諦めないんだから! いいこと、あなたには私の願いを叶える義務があるのよ!」
勇ましくそう告げると、イグニスは苦々しく頭を垂れた。
リリスと彼の契約は未だ続いている。契約が続いている以上、契約者であるリリスが願えば、彼はリリスの願いを叶えるように動かなければならないのだ。
「……お嬢様の仰せのままに」
嫌々といった様子でそう告げたイグニスに、リリスはにんまりと笑う。
力のない悪魔とはいえ、弾除けくらいにはなるだろう。
――ふん、せいぜいこき使ってやるんだから!
そうと決まればさっそく計画を練らなければ。
気がつけば三時のおやつの時間はとっくに過ぎてしまっている。
リリスは尊大な態度で、まずはケーキを切り分けるようにイグニスに命じた。
◇◇◇
「前回はいきなり突撃したから失敗したのよ。今度はちゃんと情報収集をしないとね」
「はぁ、それで王宮にねぇ……」
「そうよ。何としてでもオズ様の弱点を探ってやるわ!」
現在、公爵令嬢リリスと執事見習いイグニスは王宮へとやって来ていた。
一周目の世界で、元婚約者であるオズフリートを殺そうとしたリリスは、よくわからないまま返り討ちにあってしまった。
今度はそんな失敗を繰り返すわけにはいかない。
なんとしてでも、オズフリートの秘密を探り出してやるのだ。
「で、お前の婚約者はどこにいるんだ?」
「今は剣の稽古をしているはずよ。ちょうどいいわ。腕前を拝見させてもらいましょうか」
王子宮の中庭へ向かうと、ちょうどオズフリートが教師の下で剣の稽古に励んでいるところだった。
木陰に身を潜め、リリスはじっとその様子を見つめる。
「いや、普通に堂々と見学すればいいんじゃね?」
「馬鹿、オズ様はどんな手を隠し持ってるかわからないのよ? 私がオズ様の手の内を探ろうとしていることがばれたら、先手を打って暗殺されるかもしれないじゃない!」
……などともっともらしい理由をつけてみたが、リリスがこうして隠れている本当の理由は単純だ。
オズフリートに近づくのが、怖いのだ。
――なよなよした優柔不断な人だと思ってたら……いきなり剣で刺してくるとか怖すぎるのよ!!
今のこの時点で、リリスは彼に殺されるほど何か悪いことはしていない。
オズフリートも、心の底ではリリスのことを鬱陶しく思ってはいるだろうが、いきなり傷つけようとはしないだろう。
……そうわかっていても、怖いものは怖いのだ。
一息で胸を刺し貫かれた感覚を思い出し、ぶるりと身震いする。
――それにしても、オズ様って……あんなに動きのキレがよかったかしら……?
視線の先のオズフリートは、十歳とは思えないほど巧みに剣を操っている。
昔のことなのでなにぶん記憶があいまいだが、一周目のこの時期に、彼はあれほどの剣の腕を有していただろうか。
オズフリートを疑っているから、疑心暗鬼でそう見えるだけなのだろうか。
……などと考えていると、不意にオズフリートの視線がこちらを向いた。
目が合って、しまった。
「リリス!」
――まずい、バレた!
驚いたようにこちらへ駆けてくる婚約者の姿を見て、リリスは頭が真っ白になってしまった。