43 歴史が変わってる?
さめざめと泣くリリスとは対照的に、イグニスは不思議そうに首を傾げた。
「いや……何がそんなに心配なんだ? たんにお泊りするってだけだろ。まさかお前……ラブコメみたいなイベントが起こることでも期待して――」
「ふざけないでよく考えて!! 聖神殿で私を守ってくれる人は誰もいないの! 神殿の聖職者も私とオズ様だったら、オズ様の側につくに決まってる!!」
リリスの味方は誰もいない。
そんな場所で、オズフリートと二人っきりになることを考えると……。
「オズ様が本気を出せば、事故に見せかけて私を殺すことだって簡単なのよ! 死体を森に隠してしまえばいいだけなんだもの!!」
――「あぁリリス。僕は止めたのに……どうして一人で森に入ったりしてしまったんだ……!」
などと悲劇の主人公ぶっておけば、周りはオズフリートを疑いもしないだろう。
哀れフローゼス公爵令嬢は森で行方不明後に死亡扱い。オズフリートは邪魔な婚約者を早々に始末して、数年後に現れる聖女と存分にイチャイチャするに違いない。
「密室殺人からの死体消失トリックが簡単に実現できてしまうのよ! オズ様がこの機会を見逃すはずがないわ!!」
「いや、考えすぎだろ。それにお前、前の時はその……ナントカの花嫁に選ばれても十五歳までは生き延びたんだろ。だったら――」
「いいえ」
ふるふると首を横に振り、リリスはまっすぐにイグニスを見つめた。
「一周目の人生で、私が天の花嫁に選ばれることはなかったわ」
きっとリリスを妬む者が、妨害工作でも行っていたのだろう。
第一王子の婚約者という絶好のポジションに居ながら、リリスが天の花嫁役に選ばれることは一度たりともなかったのだ。
ちなみに聖女が現れたその年に、オズフリートは天の王に選ばれ、当然のようにリリスではなく聖女が天の花嫁役を務めたことがあった。
リリスは自分の立場を奪われたと怒り狂い、公衆の面前で聖女を罵倒したのを覚えている。
「一周目とは、歴史が変わってるの。……間違いないわ」
何故こうなったのか考えると、答えは簡単だ。
「オズ様は私を怪しんでいて、この機会に乗じて亡き者にするつもりなのよ!!」
先日の行われたリリスの誕生日パーティー。オズフリートから贈られたドレスの一件で、リリスは確信を持ったのだ。
「今のオズ様は……私を疑っているわ! 私がオズ様に殺意を持っていると確信すれば、先手を打って私を殺しに来るに違いないの!!」
きっと彼は一周目の時間軸の幼い頃より、機会さえあれば邪魔者リリスを殺すつもりだったのだろう。
リリスはまんまと彼の策にはまり、あっけなく殺されてしまった。
だがもう、そんな過ちは繰り返さない。
二周目の今こそ、華麗に罠を回避し逆にオズフリートを陥れてやりたいところだが……敵もさるものだ。
一周目の経験を経て手強く成長したリリスに危機感を抱き、監視を強めようとしているのだから。
「最近のオズ様ってよく私を城に呼ぶじゃない。あれ絶対私の行動を監視してるのよ」
「そうかぁ?」
「この前のドレスだってそうだわ。私が何とか殺意を表に出さなかったから助かったけど……うっかりドレスが黒く染まってたら、その場で殺されてもおかしくはなかったのよ!?」
「お前けっこう被害妄想激しいな」
「用心深いと言ってちょうだい!!」
リリスはぐっと唇を噛みしめ、生き残る術を模索した。
天の花嫁役を辞退することは許されていない。春告祭は国家行事であり、生半可な理由では中止にもなりえない。
たとえ当日にリリスが体調を崩したとしても、ポーションがぶ飲みで送り出されるのがオチだろう。
だったら、オズフリートとの地獄のお泊りツアーを何とか生き延びる方法を考えなければ……!
――私にも、オズ様への対抗手段があれば……。
リリスはじっとイグニスを見つめた。
彼はリリスの意図が分からないようで、不思議そうに首をかしげている。
そうだ、リリスは彼の契約者なのだから、ここはビシッと命じてやらねば。
「……命令よ、私と一緒に神殿に行き、私を守りなさい」
精一杯の威厳を込めてそう命じると、イグニスはやれやれと肩をすくめた。
「ご主人様の仰せのままに」