表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

43/133

42 天の王、天の花嫁

「はぁ……」


 リリスは一人、とぼとぼと公爵邸の廊下を歩いていた。

 本日は珍しく時間の出来た父と夕食を取り、つかの間の親子団欒を楽しんだ。

 そこまではよかった。

 だが、リリスがデザートのフローズンヨーグルトに舌鼓を打っていると、咳払いをした父が重々しく口を開いたのだ。


「実はな……大切な報告があるんだ」


 まさか再婚相手か!?……と身構えたリリスの前で、父は嬉しそうにとんでもないことを言い出した。


「喜べリリス。次の春告祭の『天の花嫁』役に、お前が選ばれたぞ」

「…………え?」


 スプーンいっぱいに掬ったヨーグルトが、ぽたりと落ちテーブルクロスを汚す。

 だがリリスは自らの粗相にも気づかないほど、深い絶望に飲み込まれていたのだ。



 ◇◇◇



「というわけで、作戦会議を始めるわ!!」

「はいはい、今忙しいから後でな」


 主人であるリリスが作戦会議を行うと宣言したというのに、やる気のない悪魔は読んでいる雑誌から顔を上げようとしない。

 ちらりと背後から覗き込み、リリスは盛大に顔をしかめた。

 何とこいつは、人の部屋で堂々といかがわしい雑誌を読んでいたのだ!


「<紅蓮の炎で()き尽くせ>」

「熱うぅぅ!!」


 低魔力のリリスでも扱えるようなエコな火魔法を発動すると、一瞬で雑誌は燃え上がった。

 慌ててイグニスが火を消そうとするが時すでに遅し。

 やたらと分厚かったので値が張ったであろう雑誌は、見るも無残な灰と化してしまった。


「お前なぁ……これ高かったんだからな!」

「女の子の部屋で人妻アンソロジーとか読んでる方が悪いのよ!」


 年頃のレディの部屋でいかがわしい本を読むとはなにごとか!

 ぷりぷり怒るリリスに、さすがにばつが悪くなったのだろう。

 イグニスは灰を片付けると、やっとリリスの方を向いてくれた。


「わかったわかった。で、次は誰のカツラを吹っ飛ばすんだ?」

「そうじゃなくて! もっと大事なことよ!!」


 仇敵共への復讐ももちろん大事だ。

 だが今リリスは、それ以上にかつてないピンチに陥っているのだった……。



 ◇◇◇



 セレスティア王国には、春の訪れを祝い精霊たちに感謝を捧げる「春告祭」という行事がある。

 当日は街中が花で彩られ、人々は精霊に敬意を示し衣服に花を飾って、飲めや歌えや踊れやのどんちゃん騒ぎを繰り広げるのだ。

 王宮でも華やかな宴が催され、リリスも毎年父と共に出席していた。


 ――あぁ、あれはまだ私が牢に入れられる前だったわ……。あのチーズケーキ、もう一回食べられないかしら……。


 最期に出席した春告祭の際に、王宮で食した春イチゴのチーズケーキはまさに絶品だった。今でもあの味を思い出すだけで幸せな気分になれるほどだ。


「ねぇ、今度イチゴのチーズケーキを作ってくれないかしら」

「別にいいけど……今の話だと何が問題なんだよ。ただ飲んで食べて騒ぐ日なんだろ」

「そう……春告祭は別に問題ないのよ。問題なのは、その前!」


 春告祭は、精霊を招いて感謝を示す祝祭だ。

 そして、精霊を招くには……まどろっこしい下準備が必要なのである。

 まずは未婚の若い王族の男性の中から「天の王」、天の王と同年代の貴族女性の中から「天の花嫁」という役割が選ばれる。

 二人は森の奥深くの聖神殿に一昼夜籠り、祈りを捧げ、精霊たちを春告祭に招き入れるのだ。


「私は天の花嫁役に選ばれてしまったの。そして、天の王は……オズ様なのよ!」

「そっか、頑張れよ」

「反応が軽い!!」


 ひらひらと手を振るイグニスの頭を、思わずリリスはぺしりとはたいていた。

 どうやらこの悪魔は今のリリスの境遇を、「はわわ、学芸会の演劇で主役に選ばれちゃってどうしよ~!」くらいのハッピーな悩みにしかとらえていないようだ。


「もっと危機感持って! 大変な事態なの!!」

「いってーな。何が大変なんだよ。ただ神殿に行って祈るふりしてりゃいいんだろ」

「聖神殿は普通の神殿と違って、聖域に指定されているの。用がなければ入れないし、用があっても護衛や使用人は連れていけないわ」


 聖域を管理する聖職者はいるだろうが、そんなものは何の慰めにもならない。

 助けを呼んでも駆けつける者はいない。逃げ出すにも周囲は深い森だ。うっかり迷い込めば遭難死は免れないだろう。

 ある意味牢獄に閉じ込められるようなものなのかもしれない。


「つまり……私はそんな危険な場所で、一昼夜オズ様とほぼ二人っきりになるのよ!?」


 リリスは自らの不運に涙し、がくりとその場に崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ