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40 ドレスの魔法

 ――……え、何? 私の後ろにすごく可愛い猫でもいたの??


 そうでなければ、この慈愛に満ちた表情の説明がつかない。

 嫌っているはずのリリスを見て、彼がこんな笑顔を浮かべるわけがないのだ。

 しかし、ちらりと背後を振り返ったが特に何もなかった。ならば、何故!?


 ――それとも、私の知らない間に表情を取り繕うのがすっごく上手くなったとか?? そんなの怖すぎるじゃない!!


 今の彼なら次にリリスを殺したいと思った時には、今度は笑顔のまま斬りかかってきそうではないか。

 困惑するリリスを見て、オズフリートはくすりと笑う。


「ほら、曲が始まるよ」

「あっはい」


 本音を言えば逃げ出したくてたまらなかったが、今この状況で逃走を図ることなどできるはずがない。

 仕方なく、リリスは奏でられ始めた音楽に合わせてステップを踏む。


 ――一周目でドレスの裾を踏んで転んだ時は、皆に笑われたのよね……! あぁ、思い出しても腹が立つ!!


 今度はそんなミスは犯さないようにしなければ。

 ひとまずオズフリートの謎の笑顔のことは置いておいて、リリスはダンスに全神経を集中させようとした。

 だが、すぐにオズフリートに話しかけられ集中が乱れてしまう。


「そのドレス、良く似合ってるよ」

「はぁ、ありがとうございます……?」

「気に入ってもらえたかな。君の好みに合うといいんだけど……」

「んん……?」


 その言い方は、まるで……。


「もしかしてこのドレス……オズ様が選んでくださったのですか?」

「そうだよ。聞いてない?」


 ――聞いてなーい!!


 衝撃のあまり思わずバランスを崩しかけたが、オズフリートの巧みなリードによって何とか事なきを得た。

 バクバクと煩い心臓の鼓動を感じながら、リリスはかつてないほどに混乱した。


 ――お父様が選んだんじゃなかったの!? 確かにお父様にしてはセンスがいいとは思ったけど……でもなんでオズ様が!? 一周目の時は、すっごい無難な感じのドレスしか選ばなかったじゃない!!


 そんなリリスの困惑を見透かしたかのように、オズフリートはにこりと笑って囁く。


「以前のお茶会で、君が同じような形のドレスを纏っていたのがすごくよく似合っていたから。君も気に入っているようだったしね」


 ――そんな細かいところまで見てたの!? やっぱり私……疑われてる!!?


 もしや、溢れ出る殺意がオズフリートに伝わっていたのだろうか。

 今もそうだ。彼の声を聞くたびに、彼の瞳に見つめられるたびに……抑えきれない殺意が胸の内から溢れ、心臓が爆発しそうになってしまう。


 ――お、落ち着いて、落ち着くのよ私……! 宿敵ヴァランガファミリーとの戦いに赴く際のボスのように……常に超然としていなければ。


 お気に入りの任侠小説の大好きなキャラクターの生きざまを思い出し、リリスの心は少しだけ落ち着いた。

 いきなり据わった目になったリリスにオズフリートは少し驚いたようだが、すぐにくすりと笑うとそっと呟いた。


「このドレスはね、少し変わった仕掛けを施してあるんだ」

「仕掛け、ですか……?」

「そうだよ。……ほら!」


 つないだ手から、オズフリートの魔力が流れ込んでくる。

 ……と思った途端、リリスは己の身に纏うドレスの変化に、目を丸くした。


「色が、変わった……!?」


 オズフリートの魔力を感じた途端、ドレスに施された細やかな刺繍――それに、同じ色の腰元のリボン、更には足元の靴までも、元の金色から淡いスミレ色へと色を変えたのだ。

 会場に集まった者たちも驚いたようで、わっとざわめきが沸き起こる。


「妖精の祝福を施してあるんだ。魔力を注ぐと、身に着けた者の感情の変化によって色が変わるみたいだよ」

「す、すごい……!」


 こんな複雑な仕掛けの施されたドレスを見たのは初めてだ。

 先ほどまでの混乱や疑念も一気に吹き飛んで、リリスはキラキラと光るドレスの仕掛けに夢中になった。

 オズフリートがまた魔力を注いだのか、それともリリスの感情に反応したのか……今度はドレスの装飾が、目の覚めるような朱色へと変化していく。


「見てくださいオズ様! また色が変わりました!!」


 気がつけば、リリスは満面の笑みを浮かべてそんなことを口走っていた。

 その途端、つないだ手にぐっと力がこめられる。


「やっと……」

「……?」

「やっと……笑ってくれたね」


 視線の先のオズフリートは、何故か少し切ない笑顔を浮かべていたのだ。

 婚約者の見たことのない表情に、リリスの心に戸惑いが生まれる。

 そんな感情の変化を感じ取ったのか、今度はドレスの装飾が紺色に近い青色へと変化する。


「……黒には、ならないのか」


 それを見たオズフリートがぽつりとそう呟く。


「ぇ?」

「君には、黒も似合うから」


 ……何故だろう。いつかどこかで、同じような言葉を聞いたことがあるような気がする。

 いや、それよりも――。


 ――黒にならないのかって、どういう意味……? はっ、まさか……。


 黒、といえば暗い負のイメージが付きまとう色である。

 つまり、オズフリートはリリスがそんな感情を抱いていると思っているわけだ。


 ――私の殺意がドレスに現れると思ってるの!? もしかしてそれを証拠に逮捕とかされちゃう!!? まずい!!


 ――『ドレスが黒く変わったな……。やはり僕を殺そうとしていたのか! 皆の者、フローゼス公爵令嬢に叛意(はんい)あり! 即刻捕らえよ!!』


 オズフリートの呼びかけに応じて集まった近衛兵に、首に縄をつけられて連行されるところまで想像してしまい、リリスは心臓が縮み上がるような心地を味わった。


 ――ひいぃぃぃ!! 感情がドレスの色に現れるのなら、何か楽しいような、気分が明るくなるようなことを考えなきゃ!


 リリスは必死で、頭の中のアルバムをめくり楽しい思い出を探す。

 そうだ、確かあれは一か月ほど前……あの時は楽しかった。

 屋敷にやって来たレイチェルと、レイチェルを追いかけてきたギデオンと、その辺で昼寝をしていたイグニスを叩き起こして……皆でドンパチごっこに明け暮れたあの時間は。

 思い出せ、あの時の感覚を……!


「笑止、我が前に敵はなし……!」

「え?」

「いえ、独り言ですのでお気になさらず」


 今の自分は最強無敵のマフィアなのだ。オズフリート王子など恐れるに足らず。強者の余裕をもって、見逃してやろうではないか。

 そう自分に言い聞かせ、リリスは湧き上がる高揚感に身を任せる。

 ドレスの装飾もリリスの明るい気分を反映したかのような、可愛らしい桃色へと変わっていく。


「ほら、もっと熱くなってくださいませ、オズ様。一緒に宴の夜を楽しみましょう!」

「うん……ありがとう、リリス」


 すっかり自己暗示に成功したリリスに、オズフリートはくすりと笑う。

 交わる視線から、つないだ手から、互いの高揚感が伝わってくるようだった。二人は息ぴったりのまま、無事にダンスを終えることができたのだ。

 優雅に一礼すると、それを合図に見守っていた者たちがこちらへ寄ってくる。


「リリス様、とっても素敵でした!!」

「あぁレイチェル、我が魂の姉妹よ……!」

「くっ、遅かったか……ん? オズフリート、何故リリス・フローゼスはあんな状態になっているんだ?」


 次は自分が……とレイチェルをダンスに誘おうとしたギデオンだが、当のレイチェルは嬉々としてリリスの方へ駆け寄っていってしまった。

 悔し気にその様子を見ていたギデオンは、何故か貫禄の増したリリスの様子に首を傾げる。


「よくわからないけど……リリスが楽しそうだから、それでいいんだよ」


 芝居がかった仕草でレイチェルと抱き合うリリスを見て、オズフリートは満足そうに目を細めた。


「フローゼス公爵令嬢、お誕生日おめでとうございます!」

「先ほどのダンス、素晴らしかったです!!」


 うむ、苦しゅうない……と上機嫌に、リリスは声を掛ける者たちに応対していく。

 自分の誕生日会でこんなに楽しい気分になるのは……もしかしたら、初めてのことなのかもしれない。


 その夜のフローゼス公爵邸は、いつまでもにぎやかな声がやむことはなかった。

ちょっと二人の仲が進展した(かもしれない)誕生日編でした!

閑話を挟んで、次の「春告祭編」へ続きます。

ストーリーの核心に少し近付く話になりますので、引き続きお楽しみいただけると幸いです!



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― 新着の感想 ―
[良い点] 一周してからここみたら涙が止まらなくなった・・・
[一言] いつそれが殺意ではないと気付くのかw
[気になる点] ん? 黒って、まさか王子ー!? それにしても、そのことに気付かないリリスのポンコツぶりよ。
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