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39 本日の主役の登場です

「オズ様!? オズ様ナンデ!!?」

「ごめんね、本当はもっと早く来たかったんだけど……せめて、ダンスパーティーに間に合ってよかったよ」


 まさかの怨敵の登場に、リリスは一瞬でパニック状態に陥ってしまう。

 だがこの上なく慌てるリリスとは対照的に、オズフリートは落ち着き払った様子でゆっくりと歩いてくる。

 彼はリリスの目の前までやって来ると、その場に跪いてリリスの手を取った。


「今宵貴女をエスコートするという最大の栄誉を、私に頂けないでしょうか。姫君?」

「んあ!?」


 ……おかしい、どう考えてもおかしい。

 オズフリートが自分に対して、こんなことを言うはずがない!

 これも何かの陰謀かしら!?……と青ざめるリリスに、傍らから声がかけられる。


「私がオズフリート殿下に頼んだのだ。お前は殿下と踊りたいと言っていただろう」


 ――んんん!!?!? 言ってませんけどぉ!?


 なぜか誇らしげにとんでもないことを口にしたのは、リリスの父であるフローゼス公爵だった。

 よく見ればこの場にいるのはオズフリートだけではなく、父や他の使用人、隅には控えているイグニスの姿も見える。

 彼は「がんばれ」とでも言いたげに、ひらひらとこちらに手を振って来た。

 どうやら助け船を出してくれる気はないようだ。

 薄情な奴め……と内心で毒づきながら、リリスは何とかこの場を切り抜けようと頭を回転させる。


「えっと……私がオズ様と、踊りたいと……?」


 いったいいつ、自分がそんな戯言(ざれごと)を抜かしたというのか!

 何がどう間違ってこんな事態になってしまったのだろう。リリスは内心で頭を抱えた。


「その靴は、この日の為に特注で(あつら)えたものだ。お前は殿下と踊るためにとびっきりの靴が欲しいと言っていたね。殿下は快くエスコートを承諾してくださったのだよ。あとは渋る宮廷狸どもを一喝して、会議を早めに終わらせたのだ」

「…………ぁ」


 父の言葉を聞いてリリスはやっと、いつぞやの会話を思い出した。


 ――『リリス、来月の誕生日には何が欲しい? 何でもパパに言ってみなさい』

 ――『オズ様の首……じゃなくて! く、く……靴が欲しいの! オズ様とのダンスで目立つような、すっごく可愛いのがたくさん!』

 ――『わかった。とりあえず100足ほど用意させようか』


 ――まさか、あの時のー!!?


 怨敵オズフリートの首が欲しい……という言葉を適当に誤魔化しただけだったのだが、父の耳には『おめかしして大好きなオズ様と踊りたいの♡』という言葉に変換されて聞こえてしまったようだ。

 更にはお節介を焼いて、会議を早めに終わらせオズフリートに入場の際のエスコートを頼むというオプションまで付けてくれた始末。


 ――オズ様もなにホイホイ引き受けてるのよぉぉ!! 適当に断ってよそこは!!!


 リリスは自らの悲運に絶望し俯いた。

 だが不幸なことに父をはじめとした周囲の者たちには「秘めた願いを想い人に知られてしまい、恥じらう乙女」としか映らなかったのである。


「なぁに、照れることはない。お前は殿下の正式な婚約者なのだ。堂々と殿下の隣に居ればいいのだよ」

「…………はい、お父様」


 果てしなく的外れなアドバイスをしてくれた父に、リリスは力なく頷いて見せる。

 ……何故、彼はこうデリカシーに欠けているのだろうか。

 父にセンスのいい再婚相手候補が現れたのなら、是非その辺を教育してやって欲しいものである。

 そんなことを考えながら、リリスは仕方なくオズフリートの手を取った。


「それじゃあ、行こうか」

「……はい」


 いつも以上に己の不幸を嘆きながら、リリスは重い足を進めるのだった。



 ◇◇◇



 オズフリートとリリスが揃ってホールへ入場すると、わっと歓声と拍手が沸き起こる。


「あれが、フローゼスの雪白姫か……」

「見て、可愛らしい。オズフリート殿下ともお似合いね!」

「フローゼス公爵令嬢、今日は変わった形のドレスをお召しなのね」

「でも、すごく素敵よぉ。私も欲しいわ……」


 珍しく今日のリリスへの評価は好意的なものが多かった。

 だが、オズフリートがすぐ隣にいるというだけで半ば恐慌状態のリリスにはまったく届いていなかった。


 ――はぁ、何でこんなことになっちゃったのかしら……。イグニスの奴、こうなる前に何で止めてくれなかったのよ!!


 ……などと心の中で八つ当たりをしながらも、リリスは集まった者たちに向かい完璧な礼を披露して見せた。

 幼い頃、教師に文字通り尻を叩かれながら仕込まれた作法は、リリスがボケッとしていても自然にこなせるレベルにまで体に染みついていたのだ。


 ――一曲踊ったら体調が悪い振りをして帰ろうかしら。ふん、どうせ私なんて嫌われ者だし……私抜きで勝手に盛り上がればいいのよ!


 ホールの中央に進み出ながら、やさぐれていたリリスは珍しくネガティブな思考に囚われていた。

 すると、不意に顔を近付けてきたオズフリートが至近距離で囁く。


「浮かない顔だね」

「っ……!」

「ほら、笑ってリリス。君は今日の主役なんだから」


 体裁を保つためにも、皆の前では笑顔を張り付けていろということだろうか。


 ――そもそも、誰のせいで私がこんな目に遭ってると思ってるのよ! 誰のせいで!!


 そもそも元を辿れば、リリスの婚約者であったはずのオズフリートが、あの聖女などにうつつを抜かしたからこんなことになったのだ!

 それなのに何をいけしゃあしゃあと……と憤りながら、リリスは俯き気味だった顔を上げる。

 どうせ今のオズフリートは、式典の場などでよく見る、わざとらしい作り笑顔を浮かべているに違いな――。


「ぇ……」


 顔を上げて婚約者の表情を見た途端、リリスの怒りは驚きと困惑に塗り替えられてしまう。

 まっすぐにこちらを見つめるオズフリートは、まるでこの時間が嬉しくてたまらないとでもいうような……今までリリスが見たこともないような、優しさと愛情に満ち溢れた表情を浮かべていたのだ。

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