38 そのドレスは誰がために
夜には、リリスの誕生日を祝して公爵邸で簡易な舞踏会が開かれることになっている。
主役であるリリスも、昼間とは別のドレスへのお召し変えの為、控えの間でメイドたちに囲まれていた。
「そうね、今日はこの間作ってもらったあのドレスを――」
「それが、お嬢様……。公爵閣下より本日はこちらのドレスを着用するようにと指示が出ておりまして」
「えぇーっ!!?」
不満げな声を漏らしたお嬢様に、メイドたちは怯えたようにぶるりと身震いした。
その様子を見てリリスは、はぁ……とため息をつく。
――むむむ……お父様の指示じゃ断れないじゃない! 変なドレスじゃないでしょうね!!
父は優秀な魔術師ではあるが、古風な人間であり、頭は固く流行にも敏感だとは言い難い。
そんな父のおすすめドレスと聞けば、まったく期待はできないのだ。
下手すれば二十年ほど前の流行の、とんでもない型落ちドレスが出てくる可能性もある。
まったく、おっさんのセンスはあてにならないのよ……とげんなりしたリリスは、メイドが見せてくれたドレスに思わず息を飲む。
「すごい……かわいい!!」
父が用意してくれたのは、眩いほどの純白に、金糸で細やかな刺繍が施された美しいシフォンドレスだった。
透き通るような薄手の生地を幾重にも重ねた様は、まるで天使の羽のように幻想的だ。
腰元はシンプルな金色のリボンに彩られ、そこから伸びる緩くフリルを描く裾は、前後で丈の長さが違う「フィッシュテール」という形をとっている。
――フィッシュテールって最近南の国で発案されて、この国だとほとんど広まってないのよね……。私もまだ一着しか持ってないし……何でお父様がそんなデザインを知ってたのかしら?
まさか、リリスの知らない間に優秀なアドバイザーでも付いたのだろうか。
もしや再婚相手候補の女性でも現れたのでは!?
脳裏で父と見知らぬ女性がいちゃつく光景を想像し複雑な気分になったリリスに、おずおずとメイドが声をかける。
「あの、お嬢様……そろそろお召し変えを……」
「そ、そうね……! よろしく頼むわ」
何はともあれ、用意されたドレスは文句なしに可愛らしい。
これなら胸を張って人前に出られるだろう。
珍しく機嫌よく応対したリリスに、メイドたちはほっとした様子で着替えに取り掛かった。
◇◇◇
「素敵です、お嬢様!」
「まさに『フローゼスの雪白姫』ですね!!」
鏡に映る自身の姿を目にして、リリスはほぅ……と満足げにため息をついた。
普段はリリスを恐れびくびくした様子のメイドたちも、自分たちの手で着飾ったお嬢様のドレスアップの渾身の出来に、きゃいきゃいとはしゃいでいる。
「ま、まぁ……悪くはないわね!!」
本当は大・大・大満足だったのだが、なんだか照れ臭くなってリリスはそう口にする。
だが頬を紅潮させ嬉しさが隠せていない様子に、メイドたちもお嬢様の本心を推し量ることは容易だった。
「靴はこちらです。ドレスにぴったりですね!」
ドレスの刺繍と同じ金地の靴を履いて、リリスは意気揚々と足を踏み出した。
――お父様にお礼を言わなきゃ。昼間は仕事で来れなかったけど、夜はエスコートしてくれるって言ってたし!!
「娘の誕生日にまで仕事とは……一度王城にメテオでも降らせてやろうか」などとぶつぶつ言いながら登城した父も、もう屋敷に戻ってきているはずだ。
――そういえば、やっぱりオズ様は来なかったわね。……まぁ別に来なくてもいいんだけど。
一周目の時だって、彼は何かと理由をつけてリリスが関係する用事を欠席することが多かった。
今日も王宮で重要な会議があり、出席できず済まないと事前に手紙は貰っていた。
オズフリートの顔を見ると殺意が湧き上がって来てしまい、また変な行動をとってしまうかもしれない。
そう思うと来ない方がいいのだが、婚約者の誕生パーティーにすら来ないとなると、それもまた軽んじられているようで腹が立つ。
――ふん、この屈辱はオズ様への復讐を果たす時に存分に晴らしてやるんだから! せいぜい私の存在を軽視したことを悔い改めながら……えっ!?
ぷりぷり怒りながら廊下を進んでいたリリスは、ホールの入り口の扉が見えた途端、心臓が止まるような衝撃を受けた。
そこで待ち構えていたのは、リリスをエスコートするはずの父……ではなく、今まさに懺悔する姿を思い描いていた相手――リリスの婚約者である、オズフリート王子だったのだ。