33 お母様の思い出
無事に朝食を終え、久しぶりに時間が出来たので墓参りに行くという父にリリスは同行することにした。
やって来たのは、代々フローゼス家の者が眠る墓地だ。
その中の一つ――まだ古さを感じさせない墓標に、リリスはそっと花を供えた。
「お久しぶりです、お母様」
ここには、リリスの母が眠っている。
彼女はリリスがまだ幼い頃に、流行り病でこの世を去った。
それでも、おぼろげに残る記憶は暖かいものばかりだ。
「リリスは来月で11になるんだ。……君に、よく似てきているよ」
そっとリリスの肩を抱いた父の瞳は優しく揺れている。
父に再婚の話が全く来ないわけではないことは、リリスも知っている。だが彼は、きっとまだ母を深く愛しているのだろう。
どんな良縁が舞い込んでも、すげなく断っているのだから。
――……お母様、リリスは必ず復讐を果たして見せます。
フローゼス公爵家の――先に逝ってしまった母の娘としても、あんな風に貶められて黙ってはいられない。
あらためて母の墓標の前で、リリスはそう誓った。
◇◇◇
「……なぁ、お前の母親ってどんな人だったんだ?」
墓参りの最中で、父は王宮の使いに呼ばれ、急な仕事が入ったと登城してしまった。
仕方なくイグニスと二人馬車に揺られていると、彼は突然そんなことを問いかけてきた。
「私も……小さかったからあまりよくは覚えていないけれど……とても優しい人だったわ」
「ふーん、じゃあお前に似てるって見た目の話なのか」
「違うわよ! 魔力が全然ない所もおっちょこちょいなところもよく似てるってパパは言うもの!」
「欠点ばっかじゃねーか」
「なんですってええぇぇぇ!!?」
げしげしとイグニスの足を蹴っていると、彼は降参だというように苦笑した。
「なるほど。母親のポンコツっぷりと父親のキツイ性格を併せ持ったのがお前なんだな」
「嫌な言い方はやめなさい!」
ぶすっと膨れながら、リリスは窓の外を眺めた。
リリスの母は、魔力がほとんどない人間だった。それに一応貴族ではあるものの家格も低く、父と結婚する際には、周囲に随分反対されたのだとか。
――でもパパはママのことを今でも愛しているし、ママのことを知る人は、みんなママのことを褒めるのよね……。
様々な障害を乗り越えて結ばれた二人は、リリスの誇りでもある。
だからリリスは、自分の魔力の低さやその他の才の無さのことで、母を恨んだりしたことはなかった。
「ママが生きてたら、何か変わったのかしら……」
何も変わらなかったかもしれないし、もしかしたら何かが変わっていたのかもしれない。
ぽっと出の聖女に婚約者を奪われるような、惨めな目には合わなくて済んだだろうか。
父が母を愛したように、オズフリートに……いや、それ以外の誰かにでも、愛されただろうか。
そんな風にしんみりするリリスに何を思ったのか、イグニスはいきなりリリスの脇の下に手を差し入れ、体を持ち上げた。
かと思うと、幼子にするように自らの膝の上に乗せたのだ。
「…………何のつもり?」
「いや、寂しそうにしてるから甘えさせてやろうかと」
「私のこと何歳だと思ってるのよ! 馬鹿にしないで!!」
「はぁ~、お前なんて俺から見たら幼児みたいなもんだっての」
「幼児ですってええぇぇぇ!!?」
「帰ったらおやつにちまちょうね~」
リリスはイグニスの膝の上から脱出しようと暴れたが、ケラケラ笑うイグニスはふざけているのか、一向にリリスを離してはくれなかった。
不意に、彼がリリスの耳元で囁く。
「……一応相棒なんだし、俺だけには頼っていいからな。お前他に頼るやつとかいないだろ」
「いっ、いないことはないわよ! レイチェルとかレイチェルとかレイチェルとか!」
「レイチェル嬢を分裂させるなよ」
おかしそうにイグニスが笑う。彼と言い合っているうちに、いつの間にかリリスのしんみりした気分も吹き飛んでいた。
――まさか、私を励まそうとしたの……? いいえ、こいつのことだし私で遊んでるに違いないわ!!
それにしても幼児は馬鹿にしすぎよ……と、リリスは不満げに頬を膨らませた。