31 ラヴイズブラインド
「少し……熱いかな。扁桃腺が腫れているようなことはないみたいだけど……」
優しく労わるように、オズフリートのしなやかな指先がリリスの頬から顎……そして首元にかけてをなぞっていく。
そう意識した瞬間、リリスの鼓動は今までにないほど暴れ出した。
――し、鎮まれ……鎮まれ私の殺意っ……!!
そう念じても、湧き上がる殺意は少しも収まってはくれなかった。
「根を詰めすぎているんじゃないかな。きちんと休息をとることも大事だよ」
こつん、と額同士を合わせるようにして、オズフリートは至近距離でそう囁いた。
彼の深いスミレ色の瞳が、真っすぐにこちらを――リリス・フローゼスという存在を見つめている。
そう気づいた瞬間、リリスの殺意ゲージは限界突破しておかしくなってしまった。
「うわあぁぁぁぁん!!」
「あ、お嬢様が逃げた」
リリスは悲鳴を上げながらその場から逃亡した。
その後を慌てたようにイグニスが追いかけていく。
そんな二人を見て、オズフリートはくすりと笑った。
「やっぱり……君は素敵だよ」
◇◇◇
1分ほどの逃走劇の末、リリスはあっけなくイグニスに捕獲された。
だがオズフリートの元に戻る気にもなれず、そのまま二人で王宮をぶらぶらと散策する。
「なぁ、さっきの王子の態度だけど」
「その話はやめて」
彼の態度について考えあぐねているのか、イグニスの視線の先のリリスは顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうだ。
今は触れないでおいてやるか……と視線を彷徨わせたイグニスは、見慣れた人影を見つけて目を丸くする。
「お嬢様、あちらにいらっしゃるのはリースリー侯爵令嬢では?」
「えっ、レイチェル?」
イグニスの指示した方向にいるのは、確かにリリスの盃を交わした姉妹――レイチェルだった。
二人の声に気づいたのか、レイチェルは嬉しそうな顔をしてこちらへやって来る。
「リリス様! リリス様も王宮へいらしていたのですね!」
「え、えぇ……あなたはどうしたの?」
「叔母の伝手で、女官の仕事を実際に見せてもらっていたんです!」
なるほど、レイチェルは職場見学に来ていたらしい。
頬を上気させ嬉しそうに話すレイチェルを見て、リリスも微笑む。
だがその瞬間――背後から強烈な視線を感じた。
「くせ者!!」
警戒をあらわにばっと振り返って……リリスはくせ者の正体に脱力してしまう。
柱の影からじっとこちらを睨んでいたのは、レイチェルのストーカー……もとい、シュルツ公爵家のギデオンだった。
レイチェルはギデオンの存在には気が付いていないのか、不思議そうに首をかしげている。
「リリス様、どうかされましたか?」
「いいえ、何でもないわ。行きましょう」
「おいっ、気づいたくせに無視するな!!」
レイチェルの手を引いてさっさと立ち去ろうとすると、涙目になったギデオンが飛び出してきた。
「あら、シュルツ公爵家の貴公子ともあろう方が、のぞき見なんて趣味が悪いのではないかしら」
「嫌な言い方をするな! 声をかけるタイミングを計っていただけだ!!」
そのままぎゃんぎゃんと言い合わっていると、二人の剣幕に圧されたレイチェルがおろおろし始めてしまう。
そろそろ止めてやるか……とイグニスは口を挟むタイミングを見計らっていたが、その必要はなかった。
「ギデオン、あまり僕の婚約者をいじめないでくれるかな」
ゆったりと歩いてきたオズフリートがそう口にした途端、リリスとギデオンはぴたりと口喧嘩をやめた。
やって来たオズフリートは、リリスを庇うようにギデオンに向かい合う。
「待てオズフリート、その女は簡単にいじめられるようなタマじゃないぞ!」
「そうかな? 僕にとっては可愛くて大切な婚約者だから、つい心配になってしまうんだ」
「目を覚ませ! そいつはそんな弱っちい存在じゃないだろ!!」
「恋は盲目、と昔から言うだろう? 恋しい相手のことはいつだって特別に見えるのかもしれないね」
そんなオズフリートの言葉は、残念ながらリリスの耳には入っていなかった。
彼の姿を見た瞬間、先ほどの濃厚接触の瞬間がフラッシュバックして……リリスの思考回路はショートしてしまったのである。
「はわっ! オズフリート殿下があんなにリリス様に激甘に!! ……あれ、リリス様?」
「心頭滅却すれば火もまた涼しィィィ!!」
「あ、お嬢様がまたバグった」
殺意や困惑や羞恥で思考ごちゃ混ぜになった挙句に、思考回路が爆発してしまった。
遂に耐えきれなくなって、リリスはまたしても全速力でその場から逃亡したのだった。
お読みいただきありがとうございます。
リリスにおともだちとライバル(?)ができた「はじめてのともだち」編でした!
次の「いつもと違う誕生日」編へと続きます。
引き続きお楽しみいただけると幸いです。
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