29 都合のいい勘違い
「くそっ……このままじゃ、俺は置いて行かれるばかりじゃないか……!」
リリスは善き王妃となるために、レイチェルはそんな彼女を支える女官になるために、必死に努力している。
それに比べて自分は、彼女たちの足を引っ張ってばかりではないか!
――負けてたまるか……! まずは、素振り1000回だ!
自分だけ置いて行かれるわけにはいかない。
そう決意したギデオンは、潔くその場から踵を返した。
「邪魔したな」
「あれ、お嬢様の勉強が終わるのを待たなくともよろしいのですか」
「あぁ……リリス・フローゼスに伝えろ。今しばらく、お前にレイチェルを預けておいてやる、とな!」
リリスの努力は認めるが、まだギデオンはレイチェルのことを諦めたわけではない。
別に王妃付き女官に結婚が禁止されているわけでもないし、チャンスはまだまだ残っているはずだ。
もちろん、リリスがレイチェルに何か変なことをしでかしてはいないか、これからも監視を怠るつもりは無い。
だが、彼女たちに置いて行かれないように、自分も必死に鍛錬に努めなければならないのだ。
――いつか、あいつらに恥じない一人前の男になった時は、必ず……!
固く決意してフローゼス邸を後にしようとしたギデオンは、門のところでレイチェルとすれ違った。
元々レイチェルがここに来ていると聞いて慌てて飛んできたのだが、慌てすぎて彼女よりも先に着いてしまっていたようだ。
「あっ、ギデオン様……」
レイチェルは一瞬自信なさげに俯いたが、すぐに顔を上げて真っすぐにギデオンと視線を合わせた。
以前はおどおどしてろくに視線も合わなかったのに、これも、リリスの影響なのだろうか。
「レイチェル、お前は……本当に自分の意思で王妃付き女官を目指しているのか」
あらためて、ギデオンはレイチェルにそう問いかけた。
レイチェルは緊張したように何度か息を吸っては吐いてを繰り返したのち……真っすぐにギデオンを見つめ、はっきりと口にした。
「はい。私は私の意思で、これからもリリス様をお支えする為に王妃付き女官を目指しています」
「そうか。……頑張れよ」
「ぇ…………えっ!?」
レイチェルの戸惑ったような声が聞こえたが、ギデオンは振り返らずに走った。
負けてたまるか。レイチェルがリリスを支えるトップレベルの女官になるのなら、ギデオンも彼女に釣り合うような最高級の男になってやるまでだ。
「うおおぉぉぉ!!」
自身を鼓舞するように咆哮を上げ、若い貴公子は自身を叱りながら走った。
◇◇◇
「まったく、あいつはいつもやかましいわね……。で、今日は何しに来てたの?」
「いつもみたいにお前に文句言いに来たんだろ。面倒だから適当に誤魔化しといたら帰ったぞ」
「ふーん」
イグニスお手製のハーブコーディアルを口にしながら、リリスはふぅ、とため息をついた。
「あのハゲ伯爵のヅラを引っぺがす術を考えていたのだけど、中々難しいわね……。やっぱり転んだ振りをして勢いよく髪を掴むのが一番手っ取り早いかしら」
うーん、とリリスは今しがた自分が夢中になって書き殴っていたノートを眺めた。
そこ記されているのは、国を良くするための政策……ではない。
リリスの不名誉な噂をばらまく伯爵から、いかにしてカツラをはぎとり、公衆の面前で恥をかかせてやるか……といういくつものプランが書き記されていたのだ。
「あのお坊ちゃんに覗かれなくて助かったな……」
「ん、何の話?」
「いいや、別に。お前が転んだ振りをするよりも、その伯爵を転ばせてから介抱するふりをしてはぎ取る方がいいんじゃね?」
「やだ、冴えてるじゃない! ふふ、その場合は床に油を塗るか、いつもみたいにバナナスナイプを実践するかどちらがいいかしら……」
思案していると、向こうからレイチェルがやって来るのが目に入る。
一旦頭を休めようと、リリスはノートを閉じて盃を交わした姉妹の元へと走るのだった。