27 闇堕ち令嬢、完勝する
「御機嫌よう、リリス様。……あらっ、ギデオン様もいらっしゃったのですね」
やって来たレイチェルがおずおずと微笑みかけると、ギデオンは顔を赤くして瞬時に立ち上がった。
その変わり身の早さに、リリスは内心で舌打ちする。
さっきまでは人の私室で駄々っ子のように泣いていたというのに、レイチェルが来た途端にこのざまか。
しかしその場の険悪な雰囲気には気づかないのか、レイチェルはにこにこと笑いながらギデオンの横を素通りし、リリスのところまでやって来た。
「ごめんなさい、リリス様。本来なら事前に訪問の伺いをするべきでしたのに、どうしてもリリス様にお会いしたくて……」
「いいえ、レイチェル。私たちは盃を交わした姉妹なのよ? そんな水臭いことを言わないで!」
同じくアポなしでやって来たギデオンを散々罵倒した直後の二枚舌に、イグニスは苦笑するしかなかった。
レイチェルはわずかに頬を染めてリリスを見つめ、そっと口を開く。
「どうしても、リリス様に早くお伝えたいことがありまして……」
「もしかして、ギデオンの求婚を断ったこと?」
「あら、もうご存じでしたのね」
二人の少女は楽しそうにくすくすと笑い合っている。
しかし自分の話題が出たことで我に返ったギデオンが、その間に割って入って来た。
「そうだ、レイチェル! お前はこの性悪女に脅されていたんだろう!?」
この期に及んでそんな戯言をほざくギデオンに、リリスはイラっとしてしまった。
「ちょっと、いい加減しつこいわよ」
「黙れ! さぁ、こんなところから早く帰るぞ、レイチェル。早く戻って昨日の言葉を訂正し――」
「ひどいです、ギデオン様!」
ギデオンの渾身のアプローチは、悲痛なレイチェルの声に遮られた。
その途端に、ギデオンの表情が強張る。
「リリス様のことをそんな風に悪く言うなんて……そんな人だとは思いませんでした!」
「なっ……」
ぎゅっとリリスの腕に抱き着いたレイチェルは、涙目でギデオンを睨んでいる。
ギデオンは大好きなレイチェルに睨まれたことにより、多大なるショックを受けているようだ。
その光景に、リリスは吹き出しそうになるのを堪えるので必死だった。
「リリス様は初めて私に優しくしてくださった……私の姉妹なんです! リリス様をお支えする女官になりたいから、ギデオン様の求婚はお受けできなかったけど、それでも……お友達になら、なれると思ったのに……」
レイチェルの目元からあふれた涙が、ぽろりと頬を伝い堕ちる。
その直後、彼女は叫んだ。
「リリス様のことを悪く言うギデオン様なんて……き、き……きらいになっちゃいますから!!」
その言葉が、よほどショックだったのだろう。
レイチェルが必死に叫んだ途端、ギデオンはがくりとその場に崩れ落ちた。
「ちょっとぉ、ショックを受けるなら外でやってくれない? 通行の邪魔よ」
「お嬢様、それ以上の死体蹴りはさすがに酷かと」
「早くどけ」という意味を込めて、ギデオンの頭をツンツンと突っついていると、彼は涙目になって顔を上げた。
「覚えてろっ、リリス・フローゼス! くそおおぉぉぉ!!」
負け犬そのものの捨て台詞を吐いて、ギデオンは泣きながら走り去っていった。
彼が完全に退室したのを確認して、イグニスが開きっぱなしだった扉をゆっくりと閉める。
「あぁ、私……ギデオン様になんて失礼なことを……」
きっと、今までギデオンに反抗したことなどなかったのだろう。
レイチェルは閉まった扉を見つめたまま、青ざめて震えている。
そんな彼女の手を、リリスはそっと握り締めた。
「別にいいじゃない。ああいう奴にはガツンと言ってやった方がいいのよ。それよりレイチェル。あいつの婚約より私の女官になる道を選んでくれたなんて……とても嬉しいわ」
「リリス様……私、これからもずっとリリス様のお傍に居たくて……」
「えぇ、楽しみね。私が王妃になった暁には、二人でこの国に革命を起こしましょう!」
二人の少女は手を取り合い、固く誓った姉妹の絆を確かめ合ったのだった。