24 清く正しい復讐を
ギデオンがどれだけ傷つこうが、リリスは構わない。むしろ手を叩いて笑ってやろう。
だが、レイチェルが関わるとなると話が変わってくるのだ。
ギデオンとレイチェルが婚約間近だという話は、既に社交界で広まっている。
円満に進むかと思った婚約が、途中で破談になれば……人々は面白おかしく騒ぎ立てるだろう。
リリスの復讐のせいで、あの繊細な少女に世間の好奇や非難の目が向くかもしれない。
――何もかもを捨てて復讐する道を選んだのは私。でも、レイチェルが傷つくなんて……。
目を閉じれば、レイチェルの嬉しそうな笑顔が蘇る。
あの笑顔がリリスのせいで曇ってしまうかもしれない。それはたまらなく嫌だった。
「なんだ、珍しくしおらしい顔してんな」
許可も得ずに、イグニスは図々しくリリスの隣に腰掛けた。
だらしなく投げ出された無駄に長い足を眺めながら、リリスはそっとため息をつく。
「ギデオンとレイチェルの婚約を邪魔すれば、レイチェルが傷つくかもしれないの」
「なんだ、今更気づいたのか」
「えっ、あなたは気づいてたの!? じゃあ教えてよ!!」
抗議の意味を込めてポカポカとイグニスの腕を叩くが、軽く押し戻され、リリスはソファの上でころんと背後にひっくり返った。
「変態! 私のパンツを見たわね!?」
「お前なぁ……俺がそのお子様かぼちゃパンツに興奮するとでも思ってんのか」
「何ですってえぇぇぇ!!?」
そのままいつものように鬼ごっこを始め……十分ほどしてリリスは正気に返った。
「そうよ。私、レイチェルのことで悩んでたんだったわ」
すとん、と元の場所に着席すると、にやにや笑うイグニスが紅茶を淹れてくれる。
「それで、決意は固まりましたか? お嬢様」
「決意って……」
そう呟くと、隣に腰掛けたイグニスがそっと耳元で囁いた。
「お前が命令するのなら……今すぐレイチェル嬢をどろどろの骨抜きにしてきてやるけど?」
蠱惑的な声が、耳に直接吹き込まれる。
役立たずとはいえ、彼は悪魔だ。人を惑わす術には長けているのだろう。
イグニスが本気で迫れば、レイチェルの心を奪うことも可能なのかもしれない。
――それで、いいの……?
――『リリス様が望むのなら、ずっとこうして一緒にいさせてください』
――『必ず、私が駆け付けます』
姉妹の契りを結んだ時の、レイチェルの声が蘇る。
そうだ、姉妹の契りは血よりも濃い。リリスは決して、レイチェルを裏切らないと誓ったではないか!
「ダメ!」
勢いよくそう叫んで立ち上がると、イグニスはぽかんとした表情でリリスを見上げた。
「ダメって……何が?」
「レイチェルは私と姉妹の契りを交わしたの。私がレイチェルを裏切るわけにはいかないのよ。だから、この作戦は中止! あなたがレイチェルに迫るってなんか絵的にムカつくし!!」
びしりと指先を突きつけそう告げると、イグニスは数秒固まった後……おかしそうに笑いだした。
「なんだ、俺とレイチェルが近づくのに嫉妬したのか? まだまだお子ちゃまだな」
「なーに誤解してんのよ。いいこと、私は私を貶めたやつらに復讐はするけれど、無意味に無関係の人を巻き込みたいわけじゃないの。清く正しい復讐を遂行したいのよ!!」
復讐に清いも正しいもないような気はするが、リリスは威勢よくそう宣言した。
すると先ほどまでももやもやしていた気分が晴れ、存外すっきりした。
「ギデオンへの復讐手段なら他にもたくさんあるもの。まずはバナナスナイプを実行するわ!」
「あぁ、あの相手が歩いてきたタイミングを見計らって足元にバナナの皮を投げ込む奴か。意外とひっかかるんだよな」
「ふふ、今月はもう十人も転ばせたわ。ギデオンの奴もみっともなく転ばせてやるんだから!!」
ウキウキとくだらない復讐計画を語るリリスを眺めながら、イグニスはやれやれと苦笑した。