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19 薔薇の下で

「リースリー侯爵令嬢は昔から体が弱く、屋敷に籠もってることが多かったらしい。そのせいで人見知り気味で、更には公爵家のお坊ちゃんと婚約するってことでかなり妬まれてるみたいだな」

「ふぅん、そういうことね」


 イグニスの報告を聞きながら、リリスはふむ……と腕を組んだ。

 道理でろくに一周目の彼女のことが記憶にないわけだ。

 おそらく一周目の彼女は、ギデオンと婚約してからもあまり社交の場に出てくることはなかったのだろう。


「何とかしてあの子に近づかないと、ギデオンとの婚約の邪魔ができないわ」

「あれだけ大口叩いたくせに、お前あの子を怖がらせただけだったもんな」

「黙りなさい! 次は上手くやるわ!」


 なんとしてでも、リースリー侯爵令嬢レイチェルとギデオンとの婚約を滅茶苦茶にしてやるのだ。

 その為には、まずリリスがレイチェルに近づき、警戒心を解かなければならない。

 しかしその方法をイグニスに相談すれば、また彼に馬鹿にされてしまうだろう。それは癪だ。

 イグニスはリリスをからかう材料が出来たことがよほど嬉しいのか、ことあることに「仲良くなるどころか思いっきりレイチェル嬢に泣かれましたね! あれは笑えたわギャハハ!!」といじってくる始末。


 ――なんとかあいつの力は借りずにやり遂げないと……。



 ◇◇◇



「……難しい顔をしているね。何か考え事かな?」

「あっ……」


 心配そうに問いかけられ、リリスは慌てて意識を目の前の人物に戻す。

 リリスの視線の先では、婚約者であるオズフリートが探るような瞳をこちらに向けていた。

 これはいけない。うまくレイチェルへ接近する方法に悩んでいるうちに、うっかりオズフリートの前でぼけっとしてしまっていたようだ。


「えぇ、考え事です。次に仕立てるドレスは一体どんなデザインにしようかと思いまして」

「君ならどんな色や形のドレスでも着こなせてしまうだろうね。でも、そこまで悩んでいるのなら少し散歩でもどうかな? 体を動かせば新しい考えが生まれるかもしれないよ」


 適当に誤魔化すと、にっこりと微笑んだオズフリートがそう誘いかけてきた。

 うげっと顔に出そうになるのをなんとか堪え、リリスはちらりと周囲に視線をやった。

 特に用もないのにオズフリートに呼び出され、ただいま王宮の庭園で小さなお茶会の真っ最中。

 周囲には侍女や侍従たちも控えている。ここでオズフリートの誘いを無下に断れば、不審に思われてしまうかもしれない。

 正直に言えば面倒極まりないが、リリスは仕方なく頷いた。


「そうですね。ちょうど気分転換をしたいと思っていたところですの。喜んでご一緒させていただきますわ」


 途端に喜んだオズフリートにエスコートされるようにして、リリスは歩き出した。

 彼に触れた瞬間、一周目で殺された時のことを思い出し、体が少し震えてしまった。だが、幸いなことに誰にも気づかれなかったようだ。


 ――はぁ、今日はイグニスがいなくてよかったわ……。あいつ、私を馬鹿にするときだけはやたらと鋭くなるんだから。


 今日は、イグニスは一緒に来てはいない。毎月購読している雑誌の発売日だから、という舐めた理由で、奴は休暇を申請してきたのだ。

 レイチェルのことで馬鹿にされっぱなしだったリリスは、一時的にイグニスを追い払う意味でも休暇を許可した。

 それなのに「やっぱりあの王子にビビってんだな」という彼の馬鹿にしたような声が聞こえた気がして、ぶんぶんと頭を振る。


「今日はイグニスは一緒じゃないんだね」

「……今はあの馬鹿の名前は出さないでくださいませ」

「珍しいね、喧嘩でもしたのかい?」

「そんなところですわ」


 ツンツンとしたリリスの態度に、オズフリートは苦笑した。

 笑われたことが悔しくて、リリスは頬を膨らませてそっぽを向く。


「ほら、見てごらんリリス。今年は薔薇のトンネルが見事なんだ」


 リリスの機嫌を取るように、オズフリートが耳元でそう囁く。

 視線をやれば、確かに美しい薔薇のトンネルが待ち受けている。

 オズフリートに腕を引かれるようにして、リリスはトンネルの中に足を踏み入れた。

 すると、トンネルの途中でオズフリートはぴたりと足を止めてしまった。


「オズ様?」


 怪訝に思って呼びかけると、オズフリートがくるりとこちらを振り返る。

 その瞳が思いのほか真剣味を帯びていて、リリスは思わずどきりとしてしまった。


「……それで、いったい何がそんなに君を悩ませているんだい?」

「え……? ですから、今度仕立てるドレスのことで――」

「それ、嘘だよね」


 即座に言い当てられ、リリスは心臓が止まるかと思うほど驚いた。

 オズフリートはそんなリリスを見てくすりと笑うと、一歩距離を詰めてきた。


「大丈夫、責めるつもりは無いんだ。ただ、君がどうしてそんなに悩んでいるのかが気になって」

「……何故、嘘だと」

「これでも、君のことはよく見ているつもりだから」


 オズフリートの手が、そっとリリスの頬に触れる。

 リリスは思わず、びくりと体を跳ねさせた。

 柔らかな、子供の手だ。だが、まっすぐにリリスを見つめるその表情は……とても十歳の子どものものだとは思えない。


「薔薇の下での会話は、絶対に口外してはならない。大丈夫、秘密は守るよ。だから……」


 内緒話をするように、オズフリートがそっと顔を近づけてきた。


「僕に教えて、リリス」


 懇願するような響きなのに、なぜか逆らえない。

 一番の復讐相手に、お悩み相談なんておかしくはないかしら……?

 そう頭をよぎったが、気がつけばリリスは口を開いていた。


「私――お近づきになりたい、方がいるのです」


 そう告げた途端、一瞬でオズフリートから表情が抜け落ちた。

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