17 リースリー侯爵令嬢
染み一つない純白のテーブルクロス、銀色に輝くカトラリー、お気に入りのティーセットに、美しく飾られた花。
それに、見ているだけで心躍るようなスイーツの数々。
リリスの「クビにするわよ」攻撃を恐れた使用人の手によって、公爵邸の庭ではお茶会の準備は完璧に整えられている。
満足げに目を細めたリリスは、次に集まった者たちへと視線を移した。
「フローゼス公爵令嬢にお招きいただけるなんて感激です!」
「遅くなりましたが、ご婚約おめでとうございます」
「この前の朗読会で披露された詩は、とても素敵でしたわ!」
まだ十歳そこらと言えども、さすがは貴族令嬢だ。
リリスの招待で集まった少女たちは、挨拶もそこそこに口々にリリスを褒め称え始めた。
――なるほど……この時点で「誰に尻尾を振るべきか」はちゃんとわきまえてるのね。
今回リリスが招いたのは、リリスと同じ年頃の貴族令嬢たちである。
中には一周目の世界において、リリスの取り巻きのように振舞っていた顔ぶれも見受けられる。
――そういえば、私の分が悪くなったらあっさりと裏切ってくれた奴らもいるのよね……!
彼女たちはことあるごとにリリスを持ち上げ甘い汁を吸っていたくせに、婚約を破棄された途端あっさりと手のひらを返した。
「オズフリート王子に真にふさわしいのはやはり聖女様ですわ! フローゼス公爵令嬢は嫉妬から聖女様を亡き者にしようとしたのよ!」などと戯言をほざき、窮地のリリスを背中から撃ってくれやがったのだ。
――あー、思い出したらイライラしてきた……! でも我慢ね。今日の目的はそんな下っ端じゃなくてリースリー侯爵令嬢なんだから。
ここに集まった少女たちへの復讐の機会は、またいつでもやって来るだろう。
それよりも重要なのは、あくまであのにっくきギデオンを陥れることなのだ。
だというのに……。
――なーんで話しかけてこないのよ!!
リリスはイライラしながら長テーブルの隅の席へ視線をやった。
そこには、所在なさげに一人の少女が腰掛けている。
――『ほら、あそこの隅の席の女の子。彼女がリースリー侯爵家のレイチェル嬢です』
先ほどイグニスがそっと耳打ちした情報によると、彼女がギデオンの婚約者(予定)の人物のようだ。
アッシュグレーの長い髪に、藍色の美しい瞳。それに穏やかで気品を感じさせる顔立ちをしている。
――そういえば、一周目でも見たことあるような……。確かまともに会話したことはなかったけど……。
それどころか、記憶を探ってみたが彼女の声を聞いた覚えもない。
視線の先のレイチェルは、ひたすらリリスを褒め称える他の少女たちとは違い、じっと俯いて押し黙っていた。
――……まずい、このままじゃあの子に接近する前にお茶会が終わっちゃうじゃない!
リリスは焦った。どうせ他の少女たちと同じく、次期王妃のリリスに媚びへつらってくると予想していたが、レイチェルはまったくそんな行動に出ようとしないのである。
こうなったら、こちらから仕掛けるしかない……!
「リリス様は本当に芸術の方面にも優れた才をお持ちだとか……次の詩作朗読会には是非私も出席したいものですわ……」
瞳に野心をちらつかせながら、近くに座っていた令嬢が甘えたような声を出した。
リリスに取り入って上流貴族の集まりに顔を出し、そこからコネを広げたいのだろう。
そんな彼女の野心にあえて気づかない振りをしながら、リリスは笑顔で口を開く。
「そうね。私も皆さまの詩を聞いてみたいわ。……ねぇ、リースリー侯爵令嬢」