16 お茶会の準備
「いいこと? 今回の作戦の是非はあなたにかかってるのよ。何としてでもリースリー侯爵令嬢を口説き落としなさい!」
「こういう時はほんとイキイキしてるな、お前……」
本日はリリスと同年代の貴族令嬢を招いて、フローゼス公爵邸でお茶会の開催だ。
もちろん、にっくきギデオンの婚約者(予定)のリースリー侯爵令嬢も招待済みである。
目的はただ一つ。
イグニスにリースリー侯爵令嬢を魅了させ、彼女にギデオンからの求婚を断らせるのだ。
あのプライドの高そうなお坊ちゃんに「婚約者をどこぞの馬の骨に奪われた!」という、これ以上ない屈辱を与えてやろうではないか!!
綺麗に飾り付けられたパーティー会場の下見をしながら、リリスは踊るように軽やかな足取りでイグニスの方を振り返る。
「あなた無駄に顔だけはいいんだから、存分に有効活用してきなさいよ。まさかギデオンみたいな十歳のお子ちゃまに負けるなんて言わないわよね?」
「そうはいっても、相手は身持ちの固いお嬢様だろ。使用人なんてそもそも恋愛対象に入らないんじゃないか?」
「そこを何とかするのがあなたの仕事でしょ」
リリスの無理難題に、イグニスはやれやれといった様子で肩をすくめた。
「お前の言いたいことはわかった。だが、功を焦るのはよくない。ここは慎重に行こう」
「何よ、怖気づいたの?」
「よく考えろ。失敗すればオズフリート殿下の耳にも入るかもしれない。お前が何か良からぬことを企んでるなんてバレたら……」
イグニスの意味ありげな言葉に、またもやオズフリートにグサッと刺された記憶が蘇る。
思わず、リリスは自分を抱きしめるようにしてぶるりと身震いした。
……そうだ。あまり急ぎすぎるのはよくないだろう。失敗すればまたしても、刺殺コースに突入してしまうかもしれない。
ゆっくりと確実に、仕留めてやらなければ。
「……そこまで言うなら、何か考えがあるんでしょうね」
「俺の調査によると、リースリー侯爵令嬢はかなり引っ込み思案な性格で、こういったお茶会の場にもあまり出てこないそうだ。いきなり俺みたいなやつが近づいても、警戒されて口説き落とすどころじゃないだろうな」
「じゃあどうするのよ」
「まずはお前が、リースリー侯爵令嬢と接近するんだ」
「……私?」
びしりと指をさされて、リリスはぱちくりと目を瞬かせた。
「そうだ。お前なら親睦を深めるとかそういう理由で、自然にリースリー侯爵令嬢に近づけるだろ」
「私が近づいてどうするのよ」
「よく考えろ。お前とリースリー侯爵令嬢が接近すれば、お前の従者である俺も自然に彼女に近づける」
「おぉー!!」
その考えは盲点だったと、リリスは目を輝かせる。
「お菓子作りしか能がないかと思ってたけど、意外と役に立つじゃない!」
「…………お褒め戴き光栄です、我が君。……ってわけで、今日頑張るのはお前の方だからな。ちゃんとリースリー侯爵令嬢と仲良くなって来いよ」
「ふん、そんなの余裕すぎて欠伸が出るくらいね。なんて言ったって、私はフローゼス公爵家の娘なのよ? 第一王子の婚約者で、次期王妃なのよ?? 向こうから尻尾を振って来るに決まってるわ!」
えっへん、と胸を張るリリスは成功を信じて疑わなかった。
無駄に自信家なところは、一度死んでも直らなかったのである。
「お前のそういう所は相変わらずだな」
その様子を見て、イグニスは苦笑した。
契約してすぐにオズフリート王子の所へ特攻していったように、リリスの向こう見ずなところは相変わらずのようだ。
今度はそうならないように、うまく彼女が破滅への道を突き進まないように誘導しなければ。
最近過労気味の悪魔は、静かにそう決意した。
その時、屋敷の方から一人のメイドが急ぎ足でやって来た。
「お嬢様、本日お出しするデザートのことですが……」
「えぇ、今行くわ。ふふ、少しでも不備があったら責任者をクビにしてやるから、そのつもりでね」
ヒィッ! と対応したメイドを怯えさせながら、リリスはいつになく上機嫌で鼻歌を歌いながら、その場を後にした。