15 婚約破棄、させましょう!
次の復讐相手は決まった。
問題は、どうやって地獄の責め苦を味わわせてやるか……である。
「やっぱり、目には目を、歯には歯を……よね」
本日のおやつ――イグニスお手製のメープルワッフルを摘まみながら、リリスはギデオンへの復讐計画について思案した。
ただ単に痛めつけるだけなど、面白くもなんともない。
リリスが味わった屈辱を、同じように味わわせてやらなければ。
「おい、大体の調査は終わったぞ」
「ご苦労様。どれどれ……」
イグニスが差し出した書類の束を受け取り、リリスは真剣な表情で読み込んでいく。
彼にはギデオンに関する調査を命じていた。ちょうど目を通している書類にも、彼の詳細なプロフィールが羅列されている。
「はぁー、見れば見るほどムカつくわね……」
名家中の名家、シュルツ公爵家の次男で王子の金魚のフン。剣の腕はそこそこ優秀。
王家へのコネもあり出世は確実視されている。交友関係は上流貴族の子息に限られており、下級貴族を見下す傾向にある。
イライラしながら宿敵の情報を目で追っていたリリスは、とある記述に目を留めた。
――近々、リースリー侯爵家の令嬢と婚約予定。
「…………ん?」
そこまで読んで、はて、とリリスは首を傾げた。
一周目のギデオンのことは(嫌な意味で)よく覚えているが、彼に婚約者などいただろうか?
口うるさいギデオンは目の上のたんこぶのように厄介だったが、彼自身に興味はなかったので、婚約者の情報など覚えていない。
「あいつに婚約者なんていたのかしら。そういえば、いたような気も……」
シュルツ公爵家はフローゼス公爵家に引けを取らない大貴族。その息子なら十歳そこそこで婚約者がいても何らおかしくはない。
――リースリー侯爵のことは知ってるけど、娘があのギデオンの婚約者だったなんてね……。
記憶を探ってみたが、肝心のリースリー家の令嬢のことはよく思い出せなかった。
少なくとも、リリスの復讐相手にはなっていないようだ。
あまり記憶にないということは、そこまで目立つ人物でもなかったのだろう。社交の場でギデオンが、特定の人物を常にエスコートしているということもなかった。
残念ながらリースリー侯爵令嬢は、そこまでギデオンに大切にはされていなかったようだ。
「婚約者、ねぇ……」
人には散々「貴様はオズフリートの婚約者にふさわしくない」などと言って、婚約破棄を煽っておきながら、自分はちゃっかりどこぞの令嬢を確保しているとは。
……気に入らない。とにかく、気に入らない。
そう考えた時、リリスの頭にキュピーンと衝撃が走った。
「……あるじゃない、いい方法が」
オズフリートに婚約破棄を突きつけられた時の、抑えられない怒りが、屈辱が蘇る。
これは、同じ屈辱をギデオンに与えるチャンスでは……?
「イグニス、ちょーっといいかしら」
「うわ、嫌な予感……」
にこにこと笑いながらイグニスを呼ぶと、彼はあからさまに嫌そうな表情をしながらも、素直にリリスの傍らへとやって来た。
満面の笑みを浮かべたリリスは、上機嫌で告げる。
「次の作戦の方向性は決まったわ。あなたがこのリースリー侯爵令嬢を誘惑して、ギデオンの奴に婚約者を奪われるという最大の屈辱を味わわせてやるのよ!!」
告げられた突拍子もない作戦内容に、イグニスの顔は一瞬で引きつった。
一方のリリスは、思いついた完璧な作戦に悦に入る。
――あのギデオンのことだもの。恋愛感情がなくても、自分の婚約者=自分の所有物くらいに考えているに違いないわ。そう思い込んでいた相手が、目の前でどこぞの男に奪われたとなったら……!
にっくき仇敵のプライドが粉々に砕け散る瞬間を想像して、リリスはにんまりと笑った。