14 次なる復讐相手
「さーて、次は誰に復讐してやろうかしら!」
鼻歌を歌いながら上機嫌に、リリスは上質な絨毯の敷かれた王宮の廊下をスキップをしていた。
本日は数週間後に迫った国賓を招いての正餐会の打ち合わせの為に、王宮に呼ばれたのだ。
オズフリートから「婚約者として衣装を合わせよう」と提案され、最初は面倒だとしか思えなかった。だが打ち合わせの際に出されたケーキがあまりに美味しかったため、あっという間に気分は急上昇。
にっくき復讐相手である王子との会合も、ニコニコと笑顔を保ったまま円満に終えることができたのである。
「お嬢様、そんなにはしゃいでると転びますよ」
「馬鹿にしないで。私はそんなに子供じゃな――ぎゃん!」
苦笑するイグニスの方を振り返って、威勢よく返事をしようとしたリリスだが、その途端事件は起きた。
前方不注意で、曲がり角を曲がって来た者に勢いよくぶつかって跳ね飛ばされたのだ。
フラグ回収のあまりの早さに、イグニスは思わず吹き出してしまう。
「いったーい!」
「ほら、だから言ったのに」
尻もちをついたリリスを、イグニスがニヤニヤしながら助け起こしてくれる。
ばつが悪くなったリリスは、自らの不注意を棚に上げ、ぶつかった相手に思いっきり噛みついた。
「痛いじゃない! 骨が折れてたらどう落とし前付けてくれるのよ!!」
「まったく……仮にも公爵令嬢が、スラムの当たり屋のようないちゃもんをつけてくるとは嘆かわしい。やはり貴様のような奴はオズフリートの婚約者にふさわしくないな」
「はぁ?」
上から降ってきた馬鹿にしたような言葉に、リリスは瞬時に相手を睨みつけた。
そして、その時になってやっとぶつかった相手が誰かに気づいたのだ。
「……ギデオン・シュルツ!!」
そこに立っていたのは、リリスと同年代の貴公子――復讐リスト上位の、にっくき仇敵だったのだ。
◇◇◇
リリスの生家であるフローゼス公爵家は、ここセレスティア王国でも指折りの名家だ。
代々魔術の素養に優れた者を輩出しており、当代公爵であるリリスの父は宮廷魔術師を務めているほど。
そんなフローゼス家には、代々ライバルともいえる家門が存在した。
現当主は近衛騎士団長を務める、武芸に優れた名家――シュルツ公爵家だ。
古くからフローゼス家とシュルツ家はとにかく仲が悪い。
「同士討ちを始める可能性があるので、極力この二つの家を同じ戦場には出さないように」と代々国王に伝えられているほど、とにかく仲が悪いのだ。
今目の前にいるギデオン・シュルツは、そんなシュルツ家の次男。
オズフリートと同年代であることから、一周目の世界では彼の友人兼護衛を務めていたとリリスは記憶している。
そして、フローゼス家とシュルツ家の法則の通り……リリスとギデオン自身の仲もとても良好とは言い難かった。
――『まったく……早くあんな地雷女とは縁を切るべきだ』
――『公の場で聖女様を罵倒しただと? 公爵令嬢たる品性の欠片も感じられないな!』
――『そもそも、見た目以外に美点がゼロじゃないか』
ギデオンは常に聞こえよがしにリリスを貶め、ことあるごとに、「婚約者を変えるべきだ」とオズフリートに進言していた。
婚約破棄が言い渡された場でも、彼は散々リリスを罵倒し、ニタニタとイラつく笑みを浮かべていたではないか……!
そんな彼の一周目の所業を思い出し、リリスの殺意ゲージは急上昇した。
もう、我慢なんてできるはずがない。
「ここで会ったが百年目ぇぇ!!」
「ステイステイ、今は抑えろ」
溢れ出る殺意のまま目の前の少年に飛びかかろうとしたが、すぐに背後からイグニスに羽交い絞めにされ、リリスはじたばたと暴れた。
「離しなさい! あのすました顔を歪ませてやるのよ!!」
「待て待て、さすがにここで乱闘騒ぎはまずいから! な?」
そう諭され、リリスはしぶしぶ振り上げた拳を降ろした。
確かにイグニスの言うとおりだ。王宮で騒ぎを起こせば、間違いなくオズフリートの耳に入る。
そうなれば彼に警戒され、要注意人物として早めに暗殺される可能性も……。
――だめだめ! 私にはまだ復讐しなければならない相手がわんさか残ってるんだから!
グサッと刺された感覚を思い出し、リリスはぶるりと身震いする。
急に興奮したかと思えば大人しくなったリリスの様子に、ギデオンは明らかに困惑しているようだった。
「ど、どうしたんだそいつは……?」
「申し訳ございません、ギデオン様。お嬢様は殿下と婚約されてから、どうも情緒不安定になってるようで……。マリッジブルーって奴ですね。どうか大目に見ていただけないでしょうか」
「そ、そうなのか……」
イグニスの適当な嘘に、ギデオンはあっさりと騙されてくれた。
案外ちょろいのね……とリリスは内心で舌打ちする。
戸惑っていたギデオンだが、すぐに我に返ったようだ。空気を変えるようにおほんと咳ばらいをすると、彼は尊大な態度でリリスを見下ろす。
「君もオズフリートの婚約者として、もっと節度のある行動を心がけてもらいたいものだな。そうでなければ、さっさと身の程をわきまえて辞退することだ」
……などとイラつく言葉を残し、ギデオンは颯爽とその場を後にした。
その背中が見えなくなるまで、リリスはずっと彼から視線を外さなかった。
「……決めた」
「決めたって、何を?」
愛らしいお嬢様から発せられたとは思えない怨嗟の籠った声に、イグニスは嫌々ながらも聞き返す。
……正直、嫌な予感しかしない。
「次は、あいつを地獄の底に引きずり落としてやるわ……!」
嫌な予感的中。
いきなり公爵家の子息を地獄の底に引きずり落とすとは、随分思い切ったものだ。
イグニスとしては、正直全力でやりたくない。
「一応聞いておくけど、考え直す気は?」
「あるわけないじゃない。ふふ、帰ったらさっそく作戦会議よ!!」
十歳の少女とは思えないような悪女らしい笑みを浮かべる契約者を見て、イグニスは「せめて早死にしないようにサポートしてやるか……」と肩を落とすのだった。