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13 悪魔な従者は苦労人(後)

「あぁ、遂にイグニスさんが育児疲れでおかしくなってしまったわ!」

「それだけストレスが溜まっていたんだろう。よく耐えたものだよ……」


 使用人たちのひそひそとした囁きに、イグニスは無言で、何事もなかったようなふりをして立ち上がった。

 笑顔で振り返ると、厨房の者たちが気の毒そうな目でこちらを見ているではないか。


「……大丈夫です。これが俺の仕事なんで」


 イグニスがそう告げると、彼らは目に涙を浮かべて頷いた。


「辛いときはいつでも相談に乗るからな!」

「イグニスさんが来てからお嬢様は少し落ち着いてきた気がするの。きっと後少しよ!」

「…………ありがとうございます」


 フローゼス公爵家の使用人の中で、「リリスお嬢様のお付き」を命じられたものはそれすなわち、死の宣告を受けたも同然となっている。

 早い者で数時間、長く持った者でも数週間。……それが、泣きながら公爵邸を逃げ出すまでの時間だ。

 そんな「リリスお嬢様のお付き」を数か月務めたイグニスは、いつの間にか使用人たちから賞賛のまなざしを浴びるようになっていた。


 ――俺だって力が戻ればすぐに逃げてやるんだけどな……!


 悪魔が人間に与えた力は、契約者である人間の魂を喰らうことによって、また悪魔の中に戻ってくる。

 自分がリリスに与えた力がどこに行ってしまったのかは気になるが、きっとリリスの魂を喰らえば、ある程度の力は戻る……はず、だ。

 その為には、さっさとあのわがまま娘の願いを叶えてやらなければ。

 そうすれば、こんな使用人生活とも晴れておさらばできる。


 そう決意し、イグニスはリリスの部屋の前に立った。

 懐中時計を取り出せば、時刻は午後三時一分前。

 これならあの時間にうるさいわがまま娘も、ぐうの音も出ないだろう。


「お嬢様、失礼いたします」


 扉を開けると、リリスはこちらに視線も向けずに一心にノートに向き合っていた。


「リビー・バックランド、パトリック・ベックルズ、ゲイル・アディ……」


 ぶつぶつと呪文のように唱えられているのは、リリスの「復讐ノート」にリストアップされた人物の名だ。

 据わった目で恨みを込めて、ぶつぶつと復讐相手の名を呼ぶリリスは正直言って不気味だ。

 他の使用人が尻尾を巻いて逃げ出すのも納得である。


「まーたやってたのか。空気悪いから換気するぞ」


 室内はリリスの怨念が籠った黒いオーラが充満している……ような気がする。

 窓を開け放すと、室内に爽やかな風が入り込みカーテンが揺れる。

 その時になって初めて、リリスはイグニスの方に視線をよこした。


「うふふふ……。これは私にとって、復讐相手への恨みを忘れないようにする大事な儀式なの」

「正直怖いって。そんなにジメジメしてると、そのうちお前の頭の上からキノコでも生えてきそうだな」

「そうなったら引っこ抜いてマリネにでもしてちょうだい。あっ、今日はベリータルトなのね!」


 イグニスが運んできた本日のおやつを目にした途端、リリスの瞳は輝きを取り戻した。

 そうしていると見た目相応の子どものようで、イグニスは微笑ましい気分でくすりと笑う。

 タルトを切り分けサーブしてやると、リリスは待ちきれないとでもいうようにフォークを手に取った。


「あは、おいしそう。いっただきまーす!」


 ぱくりと口に含んだとたん、リリスは恍惚の表情で頬を緩ませる。


「う~ん、絶品♡ 今日はへんな隠し味を仕込んでないのね!!」

「この前わさび仕込んだらお前にケツバットくらったからな。尻が四つに割れるかと思った」

「下品な言い方はやめて頂戴。あなたをボールに見立ててクロッケーの練習をしていただけよ」

「なお悪いわ」

「ふん、変ないたずらするからよ。ねぇ、それより聞いて! 今度のターゲットを社会的に抹殺する方法を考えたのだけど――」


 頬を上気させ、嬉しそうにリリスはこれからの復讐計画を語っている。

 その表情を見ていると、色々なことが「まぁいいか」と思えてくるから不思議だ。


 確かに、このわがままお嬢様の相手は大変だ。使用人が次から次へと逃げ出すのも納得である。

 自分が悪魔でなければ……いずれ彼女の魂を喰らうという目的がなければ、きっと耐えられなかっただろう。

 でも――。


 ――こういう時間は……まぁ、悪くないな。


 自分も大概、彼女に甘いのかもしれない。

 まぁいい。もう少し、このわがままお嬢様の復讐劇に付き合ってやろう。

 そう決意し、イグニスはリリスが狙っていた大きなイチゴを掠め取ってやった。


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