番外編 あなたへ贈る詩(2)
「ふふん、オズ様の誕生パーティーで、私の素晴らしすぎる詩を披露するの! それでオズ様の心臓を鷲掴みにすのよ!」
「心臓を鷲掴むなよ。悪魔かお前は……」
またまたトンチンカンなことを言いだしたリリスに、イグニスは痛む頭を押さえた。
しかしこれはまずい。
リリスのエキセントリックな詩のセンスは、この国の貴族の若年層には少しずつ浸透しつつある。
だが、第一王子の誕生パーティーとなれば出席者は同年代のご友人には限られない、
国中の貴族が顔を売ろうと集まってくることだろう。そんな場で、リリスの先進的(最大限オブラートに包んだ表現)な詩を披露なんてすれば……。
……バレる!
オズフリート王子の婚約者で、名門公爵家のご令嬢であるリリスが……アホの子なのが国中にバレてしまう!
そうなればどうなるか。
リリスをオズフリートの婚約者の座から引きずり落とそうと、皆こぞってリリスを馬鹿にするだろう。
多少なりとも改善しつつあるオズフリートとリリスの関係にもひびが入り、一度目の悲劇の運命の二の舞になってしまうかもしれない……!
「いや、詩はやめた方がいい。他の選択肢を選べ」
「なんでよ。私の素晴らしい詩に勝るプレゼントなんてないわ!」
「いや、だからな……そうだ! お前の素晴らしすぎる詩は、そんなに大勢の人間の前で披露していいようなものじゃないんだよ。いいか、リリス。自分を安売りするんじゃない」
イグニスは必死でリリスを説得した。
泣き落としも、スイーツで釣る手も使った。
それでも頑として意志を曲げないリリスをあの手この手で懐柔し……。
「まぁ、そこまで言うならしょうがないわね。確かに、あまり不特定多数の多数の前で披露すれば、私の素晴らしすぎる詩の価値が下がってしまうわ」
苦節四時間。
ようやくリリスの考えを変えることができた時には、もうすっかり日が沈んでいた。
無駄に疲労を感じながら、イグニスはふらふらと誕生パーティー出席の準備を進めるのだった。
◇◇◇
「御機嫌よう、オズ様。今日のこの日を、心よりお祝い申し上げますわ」
「来てくれてありがとう、リリス。そのドレスもよく似合ってるよ」
イグニスの苦労の甲斐あって、「美貌の公爵令嬢」を装うことに成功したリリスは、堂々とオズフリートの誕生パーティーに姿を現した。
オズフリートと親し気に言葉を交わす様子も様になっている。
周囲の貴族たちが「さすがはフローゼス公爵令嬢……」感嘆のため息を漏らすのを見て、イグニスはひそかな達成感を味わっていた。
「わたくし、この日のために贈り物を用意いたしましたの。受け取ってくださるかしら」
「君がくれる物ならなんだって嬉しいよ、リリス」
「うふふ、ではイグニス、例の物を」
「こちらになります、お嬢様」
イグニスから小さな箱を受け取って、リリスはオズフリートの前で開いて見せる。
中に納まっていたのは、上質な絹のハンカチだった。
リリスらしくない無難なプレゼントに、オズフリートは驚いたように目をみはる。
そっとハンカチを手に取り、オズフリートは更にあることに気づいた。
……折りたたまれたハンカチの中に、小さな紙片が挟まっている。
周囲に気づかれないようにそっと取り出し、視線を落とす。
『今夜0時、薔薇園でお待ちしております』
驚いて顔を上げると、こちらを見ていたリリスがくすりと笑う。
どうやらこれは、彼女からのメッセージで間違いないようだ。
……柄にもなく緊張して、オズフリートはごくりとつばを飲み込んだ。
◇◇◇
約束通り、オズフリートは真夜中の薔薇園を訪れる。
真夜中の薔薇園は、王宮から漏れる淡い光に花々が照らされて、昼間とはまた違った神秘的な雰囲気を醸し出している。
果たして、そこにはリリスがいた。
……保護者同伴で。
「いやいや、そんな目で見ないでくださいよ! リリスお嬢様を真夜中に一人で野に放ったりなんてしたら、何するかわからないんですから!」
オズフリートに恨めし気な目で見られ、イグニスは慌てて挽回した。
まぁ、この王子の気持ちもよくわかる。
真夜中に好きな女の子にロマンチックな場所に呼び出され、期待に胸を膨らませて向かったら別の男同伴だったのだ。
もっとも、肝心のリリスはそんなオズフリートの心情など、小指の爪の先ほども理解ししていないだろうが。
「ふふ、のこのことやって来たようですね、オズ様。お待ちしておりましたわ」
リリスはびしっとオズフリートを指さし、高らかに言い放った。
「まさかこの私が、あんな何の変哲もないハンカチなんてものを贈るとお思いですか?」
「いや……君ならもっと別の物を用意するんじゃないかと思っていたよ」
「ふふ、さすがはオズ様。もちろん、私はあんなハンカチよりももっと素晴らしいプレゼントを用意しておりますわ!」
得意げに胸を張るリリスは、にっこり笑って告げた。
「あなたのことを想って作った詩です! さぁ、心して聞いてくださいな!」
そしてリリスは中二病全開のこっぱずかしい詩の朗読を始めた。
「真夜中の迷宮、迷い込むあなたは血濡れの天使……」
常人であれば顔をしかめそうなひどい詩だが、オズフリートはこの上なく嬉しそうにリリスの暗唱を聞いている。
まぁ……オズフリートが喜んでいるのなら、リリスの企みは成功したのだろう。
自信満々に詩の暗唱を続けるリリスと、うっとりとリリスの詩に聞き惚れるオズフリート。
そんな二人を見ながら、「やはり人間の心理は複雑怪奇だ……」と、イグニスは嘆息した。
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