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129 闇堕ち令嬢は今日も王子への報復を諦めない

「ねぇ、リリス……覚えてる?」


 耳元で囁かれて、リリスの心臓はもはや爆発寸前だ。

 どきどきと早鐘を打つ鼓動の音が、密着するオズフリートに聞こえてしまうのではないかと思うほどに。


「一年前のこの日に……約束したよね。また来年……この日に一緒に踊って欲しいって」

「……覚えて、います」


 もちろん、覚えている。

 それだけあの日の出来事は、リリスの記憶に強く焼き付いているのだから。


「……ありがとう、リリス。じゃあ――」


 オズフリートの腕の力がいっそう強くなる。

 そのまま彼は、リリスの首元に顔をうずめるようにして囁いた。


「僕が、君のことを好きだって言ったことも覚えてる?」


 そう聞いた途端、鼓動がひときわ大きく鳴った。


 忘れない。忘れられるわけがない。

 一年前のこの日、オズフリートが告げた言葉をリリスははっきりと覚えている。

 あの時のリリスは、オズフリートがまさか一周目の人生の記憶を持っているなどとは思いもしなかった。

 だから、彼は一周目と同じように……リリスのことなど見捨てて、聖女アンネの手を取ると思い込んでいたのだ。


 だが現実は……何もかもが違った。


 オズフリートは一周目の時でさえも、リリスを見捨てたりはしていなかった。

 聖女アンネは、リリスが思うような嫌な人間ではなかった。

 二人とも、聖天使レミリエルによって運命を狂わされていたのだ。


 一連の事件を経て、リリスはその事実を知ることができた。

 だから、一年前と今ではまったく抱く思いも違う。

 そう、今のリリスは……。


 ――いやいやいや待ってっ……!! 私、この状況でなんて言えばいいのよおぉぉぉぉ!!?


 オズフリートが真剣にリリスのことを想ってくれているのはわかった。

 だが、真実を知ったリリスは申し訳なさと恥ずかしさと怒りと困惑と……様々な感情が混ざり合って、オズフリートのことを考えると思考がごちゃごちゃになってしまうのだ。


 オズフリートのことが、嫌い……なわけではない。

 彼は幼い頃から、いつも孤立しがちなリリスのことを気にかけてくれていた。

 彼のことを考えると、胸が締め付けられるようで、熱くなるような……不思議な感覚に陥ってしまう。

 だがその気持ちに名前を付ける前に……リリスには落とし前をつけなければならないことがあるのだ。


「……オズ様。一つ、私の願いを聞いていただけますか」

「いいよ、君が望むならなんだって叶えよう」


 オズフリートの腕の力が緩んだ隙を見計らって、くるりと体を反転させる。

 するとこちらを見つめるオズフリートと目が合った。

 その途端、リリスの鼓動はまたしても跳ね上がる。

 彼を目の前にすると、いつもこうなのだ。

 なんとか動揺を押し殺し、リリスは毅然と顔を上げ、オズフリートを見つめる。


 彼はとろけそうな甘さを含んだ瞳で、真っすぐにリリスを見つめている。

 その瞳に見つめられると、リリス自身も溶かされそうになってしまった。

 少しでも気を抜けば、オズフリートという存在に絡めとられてしまいそうだ。

 それが嫌ではないのが……少し、困りものなのだが。


「……オズ様。シメオンの矢から私を庇って、ずっと眠り続けていたことがありましたよね」

「あぁ、君には随分と心配をかけたようで済まなかったね。あの時のリリスは随分と憔悴していたとイグニスが言って――」

「わ、私のことはいいですから!」


 乱れかけた呼吸を整え、リリスは脱線しかけた話を元に戻す。


「私は眠ったままのオズ様の目を覚まそうと、あらゆる手を講じておりました」

「そこまで僕のことを心配していてくれたんだね、ありがとう」

「それで、その……オズ様が目覚めた時に、私が過剰に顔を近づけていたかと思いますが……」


 顔を真っ赤に染めながらぼそぼそと小声でそう告げると、オズフリートもその時のことを思い出したのか優しくリリスの手を取った。


「あぁ、ちゃんと覚えてるよ。目が覚めたら目の前に君がいて、天国に来たのかと思ったらそのまま――」

「そ、その件なのですが、誤解なきように申し上げておきますね! あ・れ・は! あくまで人命救助のための救命措置ですので! 誤解なきよう!」


 何度もそういうと、オズフリートはくすりと優しく笑った。


「……そうだね。でも、僕は嬉しかったんだ」

「そうです、人命救助の為に仕方がなかったのです。……ですが、傍から見れば私がオズ様に襲い掛かっていたようにも見えていた可能性がございます。イグニスが何度もそう言って私をからかってくるのです」

「……うん?」

「私、それはフェアではないと思うのです。だから……」


 リリスは意を決してがばりと顔を上げ、真っすぐにオズフリートを見つめて告げる。



「オズ様も、私に同じことをしてください!」



 ◇◇◇



 …………どうしてそうなった!?


 オズフリートはにこやかな笑みを浮かべたまま一気に困惑した。

 目の前のリリスは、薄暗い中でもはっきりわかるほど頬を朱に染め、真剣な表情でこちらを見つめている。

 ……そうだ。リリスはいつもオズフリートの考えを軽く飛び越えた行動をやってのける少女なのだ。

 オズフリートにはさっぱりわからないが、リリスにとっては必要なことなのだろう。


「あの、リリス……一つ確認をいいかな?」

「…………どうぞ」

「君に同じことをするというのは、その――」


 もしオズフリートが想定している行動とリリスが思い描いている行動が違っていたら、大惨事が起こってしまう。

 そう思い念のため確認したのだが、リリスは羞恥心からか怒ったように大声で叫んだ。



「だから! 私に口づけをしてくださいと言っているのです!!」



 違ってなかった!!


 あらためてオズフリートは、リリスの発言に衝撃を受けた。

 しかし、そうなると……。


「僕にとっては得しかないけど、いいのかな」

「なんでもいいですから! 早く私に口づけてください!!」


 リリスはよほど恥ずかしいのか、大きな瞳の淵に涙が滲んでいる。

 気が付けばオズフリートは手を伸ばし、指先でその涙をぬぐっていた。


 リリスはすぐに怒る。泣く。笑う。そしてまた怒る。

 ずっとガラスの棺の中の彼女を見つめ続けていた時には、決して見られなかった表情だ。


 そっと触れると、柔らかな頬は温かい。

 きっとリリスにとっては当たり前な……それでも、オズフリートにとっては今この瞬間こそが奇跡のようだった。


 もっとたくさんの美麗字句を並べて愛の言葉を囁こうとも思ったが、あまり待たせすぎるとまたリリスが怒ってしまうだろう。

 だから一言だけ、オズフリートは告げる。


「愛してるよ、僕の一番星(プリマステラ)――リリス」


 そっと重ねた唇は、確かな熱を持っていた。



 ◇◇◇



「こうして、王子様とお姫様はいつまでも幸せに暮らしました……なんて、あいつの柄じゃないだろうな」


 甘酸っぱいやりとりを繰り返す二人の会話を聞きながら、二人の真上のバルコニーの屋根の上でごろごろしていたイグニスはひとりごちた。


 きっと、あの爆弾娘はこれからもトラブルを巻き起こしながら我が道を突き進んでいくのだろう。

 リリスの未来がどうなるかはわからない。天使の示した運命は粉々に叩き潰してやった。

 この先彼らが歩んでいくのは幸せな未来かもしれないし、破滅の未来かもしれない。


「まぁ……もうしばらくは付き合ってやるか。あいつの母ちゃんに頼まれたしなー」


 リリスがこれからどんな騒動を巻き起こすのか、イグニスは純粋に興味を持っていた。

 だから今しばらくは、あのわがままお嬢様の従者という立場に甘んじることにしよう。


「でも、リリスはともかく王子も気づいてないのか? リリスのでかい声が城中に丸聞こえなのにな」


 リリスは恥ずかしいと大声を出す癖がある。

 今回もその癖が出てしまったらしく……残念ながらリリスの爆弾発言は、皆の集まっている大広間にも聞こえていることだろう。

 そのせいか、先ほどからダンスの曲も止まっており、人々の談笑の声も聞こえない。

 きっと広間に集まった者たちは皆、オズフリートとリリスのやりとりに耳をそばだてていることだろう。


「こここっ、これで貸し借りはなしですからね! 喧嘩両成敗ですからね!?」

「……リリス。ここで僕がもう一回口づけすれば、君に一つ貸しができるんじゃないかな?」

「オズ様が私に貸し、ですか……? ……悪くないわ」

「うん、だからもう一回――」

「し、仕方ないですね! いいですかオズ様、これはあくまで貸しですので、決して私が喜んでいるなどと、勘違いはなされないようお願いいたしますわ!」

「うんうん。よくわかってるよ」


 ……などという、こっ恥ずかしいやりとりの後、再び二人の声が聞こえなくなる。

 リリスを丸め込もうとするオズフリートに、ツンツンしつつも満更ではないのがにじみ出ているリリス。

 正しく、お似合いなのかもしれない。

 リリスが自分の想いをはっきりと自覚しているのかは謎だが、この様子だともはや時間の問題だろう。



 そろそろ、アンネやレイチェルあたりが乱入してきそうだが、オズフリートなら「見せつけてやろう」くらいのことは考えていてもおかしくはない。

 まったく、天使よりも悪魔よりも恐ろしいのは人間なのである。


「はぁ~、一生やってろバカップル」


 呆れたような、だがどこか慈愛を含んだため息をつきながら、世話焼きな悪魔は満足げに笑った。




 悲劇の運命を乗り越えた王国名物のバカップルは、少しずつ通じ合いながらも、今日も元気にすれ違うのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


リリスの復讐劇、ひとまずの完結です!

とはいっても、まだまだ書き足りない部分はたくさんあるので、時間をおいてまたリリスたちのお話を書いていきたいと思っております。

その際はまたお付き合いいただけると嬉しいです!


コミカライズ企画も進行中です!

また掲載時期などが決まりましたらお知らせさせていただくので、よろしくお願いします。

皆さまと一緒に可愛いリリスの活躍を見られるのが楽しみです!


本作をお読みいただきまして、面白いと思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援をしていただけると励みになります。



☆新作も始めました!☆


「真面目系天然令嬢は年下王子の求愛に気づかない~婚約破棄されましたが逆に幸せなので、後からやり直しは聞けません~」

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第一王子に婚約破棄されてしまった真面目天然令嬢が、年下の第二王子と一緒に頑張るお話です。

しばらくは毎日更新していく予定なので、ぜひこちらもよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 大変面白く、読み応えのある物語をどうもありがとうございました。 リリスの詩のセンス、私は好きですよ(笑) これまでにも、これからにも興味の尽きることのない登場人物たちが生き生きとしていて楽…
[良い点] 伏線回収がとてもきれい 物語の後半には驚かされた 重い愛は苦手な部類だけど難なく夢中になって読めた [気になる点] シメオンのその後が気になる [一言] 好きです 後日談、漫画共に楽しみに…
[良い点] 全部です!!!!!! [一言] 殺意...それはときめきよ!リリス!!と何回思ったことか!(笑) 柚子れもんさんの作品のヒロインたちは、どうしてみんなこんなにも残念可愛いんでしょう。 この…
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