128 一年越しの答え
「えっと……」
オズフリートにダンスに誘われて、リリスは答えに窮してしまった。
彼と踊るのが気恥しい……なんて今更言いたいわけではない。
……多少は、そう思わないでもないのだが。
ちらりと傍らのアンネの方へと視線をやると、彼女はキラキラと目を輝かせてこちらを見ているではないか。
「わいは! 王子様とリリス様のダンス、楽すみです!」
……まったく空気を読まない発言に、リリスは脱力してしまった。
だが、ここまで言われてしまってはオズフリートの誘いを辞退などできはしない。
リリスはおそるおそる、差し出された彼の手を取る。
「どうしたのかな?」
「いえ、アンネが――」
しかしながら、アンネ一人をここに残していくのもまた心配だった。
彼女はしっかりしているようで、案外抜けているところがある。
狡猾な貴族たちの元へアンネを置いていって、変な輩に取り込まれはしないだろうか。
そんな懸念があったが、オズフリートはリリスを安心させるように笑った。
「それなら大丈夫だよ。……ほら」
オズフリートがリリスの背後に視線を遣る。
つられてそちらを振り向き――リリスは驚いた。
「あのっ……聖女様!」
顔を赤くして、どこか緊張気味にアンネに声を掛ける少年。
彼は……オズフリートの異母弟である第二王子ではないか。
「前に式典の場でアンネを見てからずっと気になってたみたいで……今日やっと声を掛ける勇気が出たそうだよ」
アンネがにこやかに応対すると、第二王子は途端に真っ赤に染めた。
……なるほど。どうやらそういうことらしい。
「……今度こそは、きっと大丈夫だ」
「えっ?」
思わず聞き返そうとすると、強く手を引かれリリスは思わずたたらを踏んだ。
その拍子にバランスを崩して、ぽふりとオズフリートの胸に倒れ込むような形になってしまう。
「ちょ……オズ様!」
抗議するように顔を上げると、途端に至近距離で目が合いリリスは息を飲む。
「……大丈夫、リリス?」
吐息がかかるほどの距離で囁かれ、途端にぶわりと頬が熱を帯びる。
オズフリートはそんなリリスの反応を見て満足げに笑うと、すぐに支えて立たせてくれる。
「ほら、行こう」
完璧な仕草でエスコートされ、リリスは内心でため息をついてしまった。
最近はどうもこのように、オズフリートにしてやられてばかりな気がする。
……どうにも、悔しいのだ。
なんとか彼に一矢報いたい……と胸の炎を燃やしながら、リリスはオズフリートと共にダンスの輪に加わった。
「相変わらず、君は踊るのが上手いね」
「お褒めに預かり光栄です」
周囲を見渡せば、ギデオンが普段の彼らしくもなく何度もつまづきながら、レイチェルと踊っているのが見える。
念願のレイチェルとのダンスに、よほど緊張しているようだ。
そんなギデオンに、レイチェルは微笑まし気に口元を緩めている。
また他の方向に視線を遣れば、アンネが第二王子をぐいぐい引っ張るようにしてダンスホールに連れ出そうとしているのが見える。
リリスの血のにじむようなレッスンを経て多少はマシになったとはいえ、アンネのダンスはまだまだパワフルだ。
第二王子が吹き飛ばされないことを祈りつつ、リリスは苦笑した。
「よそ見なんて余裕だね?」
そう囁かれたかと思うと急に手を引かれ、リリスはまたしてもオズフリートの胸に倒れ込むような形になってしまう。
しかも今度は、離れようと思ってもがっちりホールドされてしまっているではないか。
「オズ様っ……! 皆が見てます!」
ここはダンスホールのど真ん中。
当然、二人の動きはこの場にいる者たちに丸見えなのである。
リリスは慌てたが、オズフリートは余裕の笑みを浮かべると、そっとリリスの耳元に囁いた。
「じゃあ……二人っきりになれる場所へ行こうか」
……危険だ。危険すぎる。
そう頭は警鐘を鳴らしているが、このままオズフリートと密着しているのを皆に見られ続ける状況も耐えられない。羞恥心で爆発四散してしまいそうだ。
オズフリートに手を引かれるようにして、リリスはどきどきと鼓動を高鳴らせながらダンスホールを後にした。
バルコニーに出ると、涼しい夜風が火照った体に心地いい。
ホールの喧騒からも切り離され、リリスはそっと息を吐いた。
――そういえば、去年の今頃に……。
――『また来年……この日に一緒に踊って欲しいんだ』
――『僕の想いはずっと変わらない。でも、未来は変えることができる。だから……賭けをしよう、リリス』
――『来年のこの日に、僕と君が二人そろってこうしてここに来ることが出来たら……その時は、また一緒に踊ってくれる?』
――『それでも、僕が君を好きな気持ちは変わらないよ』
今と同じようにバルコニーに連れてこられ、オズフリートはそう言った。
その時のことを思い出すと、途端に頬が熱くなる。
更にタイミングを見計らったかのように、いつの間にかリリスの背後にいたオズフリートにそっと抱きしめられてしまう。
「……リリス」
「はひぃ!?」
思わず出てしまった情けない悲鳴に、背後のオズフリートがくすりと笑ったのが分かった。
次回最終話です!