127 変わる運命と変わらない想い
そして迎えたデビュタントボール当日。
リリスはレイチェルやアンネとお揃いの衣装を身に纏い、社交界デビューを果たす初々しい少女たちを眺めていた。
華やかなドレスを身に纏う少女が、パートナーの手を取りホールの中央へと進み出る。
「ファーストダンスを踊るのは、ナスターゼ侯爵令嬢と彼女のパートナーのようですね」
レイチェルの呟きと進み出た少女の姿を見て、リリスは気が付いた。
――ナスターゼ侯爵令嬢……確か、オズ様の婚約者候補になってた子よね。
リリスも、何度か彼女とはやり合った覚えがある。
確か一周目の彼女はいつまでもオズフリートに未練を残し、婚約者であるリリスを引きずり落とそうとしてきた覚えがあるが――。
――あれ、そういえば二周目の今はあんまり存在感なかったわ。今まで忘れてたくらいだし。
そんなことを考えながら踊る少女を眺めていて、リリスは驚いた。
ナスターゼ侯爵令嬢は真っすぐにパートナーを見つめ、今この瞬間が幸せで仕方がない……とでもいうような、とろけそうな顔をしていたのだ。
「確か彼女は傷心旅行に出かけた先で、遠征に来ていた騎士の方と運命的に出会ったのだとか。身分差があるからと反対する周囲を説き伏せ、侯爵令嬢の強い希望で婚約を結んだと聞いております」
「へぇ~、レイチェルは情報通ね」
「いずれ王妃となるリリス様の女官を目指していますもの! 情報戦でも後れを取るわけにはいきません!」
目をきらめかせるレイチェルを見て、リリスはくすりと笑う。
いつまでもオズフリートへの未練を残していた侯爵令嬢。
屋敷に引きこもり、ほとんど社交界にも姿を現さなかったレイチェル。
一周目の世界ではとても幸せな人生を歩んでいるとはいえなかった二人が、今はこうして別の道を歩んでいる。
運命のめぐりあわせとは、本当に不思議なものだ。
やがて他のデビュタントとパートナーが踊り始め、ダンスホールは一気に華やかに彩られる。
淑女らしくない歓声を上げるアンネを嗜めながら、リリスはちらりと王族の席の方へ視線を遣った。
その一角には、オズフリートが座している。
彼はこの一年でますます精悍さを増し……何故だか彼を見ていると、リリスはたまらなく恥ずかしくなってきてしまうのだ。
――だって……あんなオズ様、知らないんだもの……。
レミリエルが消えたことで、オズフリートの枷のようなものも外れてしまったのかもしれない。
普段は穏やかな彼がときおり強引な一面をのぞかせるようになり……そのたびにリリスは今すぐ真冬の湖に飛び込みたいような気分に襲われるのだ。
つい数日前も、オズフリートが急に――いや、思い出すのはやめておこう。
「あれ、リリスさん顔赤ぇよ?」
「な、何でもないわ……!」
ぶんぶんと邪念を振り払うように頭を振り、リリスは慌てて意識を舞踏会に戻した。
デビュタントたちの最初のダンスが終わり、他の参加者たちも踊りの輪に加わり始めている。
レイチェルとアンネは踊る者たちを眺めながら、きゃいきゃいとはしゃいでいた。
そんな時、リリスはふと物陰からじっとこちらを見つめる強い視線を感じてしまう。
――くせ者っ!?
まさか何者かが舞踏会に侵入したのか!?
慌てて視線の方へ振り返り……リリスは脱力した。
大きな円柱の影からじっとこちらを見ていたのは、レイチェルに恋する公爵家の令息――ギデオンだったのかしら。
「不審者がいるわ。衛兵に通報しなきゃ」
「ま、待て! それはやめろ!」
衛兵を呼ぼうとしたリリスを止めようと、慌てた様子のギデオンが飛び出してくる。
その様子を見て、リリスは苦笑した。
「はぁ……こんな時に何やってるのよ。忍者ごっこ?」
「忍者? なんだそれは」
「忍者というのは東の国の……いえ、ここで話すと長くなるから、こんどじっくり教えてあげる」
「承知した」
リリスと話しつつも、ギデオンはちらちらとレイチェルの方を伺っている。
肝心のレイチェルはダンスを眺めており、まったく彼の存在には気づいていないようだが。
「まったく……こんな日に意中の女の子をダンスに誘うこともできないなんて、とんだヘタレ野郎ね。横から掻っ攫われても知らないわよ」
「それは嫌だ! だ、だが……もし断られたら――」
「いいから、当たって砕けてきなさい! こんな時でも誘えないようなら、レイチェルにあんたは意気地なしのナメクジ野郎だって吹き込んでやるんだから!」
「くっ、横暴な女め……!」
ばん、と背中を軽くたたくと、ギデオンは覚悟を決めたようにレイチェルに近づいていく。
彼が緊張気味に何かを話しかけ、レイチェルは目を丸くした。
……が、すぐに笑顔でレイチェルはギデオンの手を取った。
二人が共にダンスホールへ進んでいくのを眺めながら、リリスはふぅ、と息を吐く。
――まったく、手がかかるわね……。
一周目のギデオンは、リリスにとってとにかく気に入らない嫌な奴だった。
だが今の彼は……まぁ、あの頃に比べれば少しはまともなように見える。
レイチェルは美しく成長した侯爵令嬢。ブンブンと寄ってくる羽虫が後を絶たないのだ。
まだまだギデオンはレイチェルを任せるのには頼りないが、他の得体のしれない男が寄って来るよりはマシだろう。
今しばらくは、大事な姉妹の護衛役でいることを許してやろう。再び婚約を申し込んだときは、厳重に審査をする必要がありそうだが。
無駄に上から目線になりながらも、リリスはリリスなりにギデオンを認めてはいた。
「あは、ギデオンさんけっぱってらね」
「うっかり転んだりしたら盛大に笑ってやるわ」
そんな風にアンネと軽口を叩き合っていると、ふと周囲がざわついた。
いったい何かしら……と顔を上げ、リリスはやっと事態を悟った。
まっすぐに、こちらへ歩みを進めてくる人物が一人。
彼が歩くたびに、人々は頭を垂れ道を開ける。
やがて、彼はリリスとアンネのすぐ傍で立ち止まった。
「ご機嫌よう。王国の暁の君、オズフリート王子殿下」
リリスがお手本のように淑女の礼をとると、慌ててアンネも真似をした。
その様子を見てくすりと笑うと、オズフリートはまっすぐに手を差し出した。
救世の聖女ではなく、昔からの婚約者の方へ。
「リリス、よければ一曲お相手願えないかな?」
真っすぐにリリスの方を見つめて、オズフリートはそう告げた。