126 不確かだけど、明るい未来で
「今度のコンセプトはどうしましょう……」
「んだっきゃ」
「どうせなら、皆をあっと驚かせるような感じにしたいわね!」
王城の一角にて、かしましい三人娘――リリス・レイチェル・アンネの三人は、顔を突き合わせるようにして小会議に興じていた。
もっとも重要な議題は、「次のデビュタントボールにどんなドレスを着ていくか」である。
お菓子と紅茶を片手に、会議はときおり脱線を繰り返しながら、緩やかに進んでいく。
にこやかにアイディアを出し合うレイチェルとアンネを眺めながら、リリスは平和な時間を噛みしめていた。
聖天使レミリエルとの対決から、もうすぐ一年近くがたつ。
早々と公務に復帰したオズフリートは、今や誰もが認める次期王位継承者として、華々しく活躍している。
とても十五歳とは思えないような知識や行動力で、もはや敵なし無双状態なのだ。
……本当に、いったい彼は何年後の未来から時を巻き戻って来たのだろう。
リリスとイグニスはときおり彼に問いかけてみるのだが、いつもはぐらかされてしまうのだ。
あまりしつこく追及すると、
「じゃあ僕にリリスの秘密も教えてくれるかな? この後僕の部屋で、二人っきりで」
……などと、とんでもないしっぺ返しを食らう羽目になる。
一度その手に引っかかって大変な目に遭ったリリスは、中々強く追及することが出来ずにいる。
……本当は、何だっていいのだけれど。
オズフリートの精神年齢がたとえ何歳であろうとも、リリスにとってオズフリートはオズフリートだ。
それだけは、変わらないのだから。
「リリスさん、リリスさんはどったものがいど思いますか?」
「そうね……」
不意にアンネに話を振られ、リリスはしばしの間考え込む。
……一年前の今頃は、まさか「救世の聖女」であるアンネと、こんな風に話ができるとは思っていなかった。
一周目の世界で、リリスがずっと憎んでいた「聖女」は、レミリエルが操っていた存在だった。
アンネもまた、リリスと同じくレミリエルの被害者だったのだ。
……そう、気づくことができてよかった。
もしも本当のアンネのことを知らずにいれば、リリスは一周目の世界で自分を貶めた「聖女」を何としてでも抹殺しようとしていたのだから。
――そう気づかせてくれたのも、オズ様なのよね……。
思えばアンネが王宮にやって来てすぐに、リリスを教育係に任命したのもオズフリートだった。
教育係としてリリスは一周目よりも密接にアンネに関わることになり、本当の彼女を知ることができた。
オズフリートの手のひらで転がされていたようで何となく悔しく思わないでもないが……今は、これでよかったと思っている。
そんなアンネは、今や神殿のトップに立つほどの存在となっている。
レミリエルが消え、シメオンが大罪人として裁かれ、ついでにオズフリートが気に入らない上層部の人間を一掃し……その余波で、一時期神殿は大混乱に陥ったようだ。
そんな中、しるべを失い右往左往していた神官たちをまとめ上げたのがアンネなのである。
彼女は生来のパワフルな性格を遺憾なく発揮し、落ち込む神官たちを励まし、新しく守護天使として赴任した天使にも臆することなく対峙したそうだ。
ちなみに、新たな守護天使はレミリエルとは真逆の「あっ、自分あんまり人間社会にでしゃばるつもりはないんで。ご自由にどうぞ」という、放任主義なタイプなのだとか。
リリスはまだ相まみえたことはないが、オズフリートもアンネも口をそろえて「どことなくイグニスに似ている」というのだ。
果たして、守護天使がそんなスタンスでいいのだろうか……と思わないでもないが、今のところ大きな問題は起こっていないのでいいのだろう。
次期王位が確実視されるオズフリート。
名実ともに聖女として活躍するアンネ。
そんな二人を結ばせようとする動きが……ないわけでは、ない。
だが、相変わらず当の二人にはまったくその気がないようなのだ。
オズフリートはいっこうに婚約破棄を言い出す気配はないし、アンネは相変わらず色気より食い気を貫いている。
更にはこの二人が揃う時は、何故か必ずリリスが間に挟まるような形になってしまう。
……本当に不可解だ。
――これで、いいのかしら……?
最初に復讐を遂げると誓った時に思い描いていた未来像は、粉々に砕け散ってしまった。
残ったのは、不確かな未来だけ。
でも、これでいいのかもしれない。
リリスはそっと微笑んで、レイチェルの手元のデザイン画に視線を落とした。
「そうね……あくまで主役は今年デビューする子たちなのだから、私たちは少し控えめにした方がいいのかもしれないわ。……でも! 存在感のアピールはしたいところよね!」
その他大勢と同じドレスなんてつまらない。
脇に控えつつも、自分のスタイルを貫いてやろうではないか。
「少し意匠を変えて、東洋の柄や袖飾りなどをさりげなく取り入れてみるのはどうかしら。きっとみんな驚いてひっくり返るわよ!」
「さすがはリリス様! 素晴らしいアイディアです!! 今年のテーマはエキゾチックスタイルで行きましょう!」
「はぇ~、さすがはリリスさんだね」
二人の心地よい賞賛を浴びながら、リリスは満足げにふんぞり返るのだった。