124 昔の話をしようか
「よがっだ、よがっだよぉぉ゛……!」
オズフリートが目覚めたという報を受けて、城中が大騒ぎになった。
その中でもすぐにやって来たのは、神殿で祈りを捧げていたという聖女アンネだ。
どうやら祈祷の最中にお告げのような感覚があり、アンネはオズフリートが目覚めたのを悟ったのだという。
「ということは、オズ様の目が覚めたのって……」
――アンネの祈りが通じたってこと!?
それもそのはずだ。
オズフリートがリリスが口づけをする寸前に、既に目覚めていたのだから。
オズフリートの目を覚ましたのはイグニスにそそのかされたリリスの口づけ……ではなく、聖女の祈りが通じ、呪いが浄化されたからなのだろう。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そう気づいた途端、急激に恥ずかしさが押し寄せてくる。
リリスはその場にうずくまって真っ赤になって叫んだ。
「リリスさん!? なんしたば!!?」
「何でもない、何でもないわ……!」
――何が真実の愛のキスよ! まったく意味なかったじゃない!!
「……落ち着いて、リリス」
「オズ様、普通に立って大丈夫なんですか!?」
羞恥心に悶えながら頭を抱えていると、普通に立ち上がってやって来たオズフリートに肩を叩かれた。
そのあまりにも自然な動きにリリスは驚いてしまう。
もうずっと寝たきりだったのに、こんなに急に立ったり歩いたりして大丈夫なのだろうか。
「あぁ、不思議と調子はいいんだ。……すごくいいことがあったからかな」
そう言ってこちらを見つめ、意味深に笑うオズフリートに、リリスは頭が爆発しそうになってしまう。
「えっ、いいごどってなんだが?」
「それはね、リリスが僕に――」
「ああああぁぁぁぁぁ何でもない! 何でもないのよ、アンネぇぇぇ!!」
誤魔化すようにそう叫ぶと、ちょうど息を切らせてやって来たギデオンに奇妙な物を見るような目で見られてしまう。
彼の背後には、嬉しそうなレイチェルの姿もあった。
「……おい、リリス・フローゼス。病人の前で奇行を繰り返すのはやめろ。また悪化したらどうする」
「なんですってえぇぇぇ!!?」
「リリス様もギデオン様も、オズフリート殿下がお目覚めになったのです。今日くらいは仲良くなさってくださいな」
「ぐっ……」
レイチェルにそう言われ、リリスもギデオンも押し黙るしかなかった。
なんだかんだで、二人ともレイチェルの言うことには逆らえないのである。
こんこんとギデオンを言い含めるレイチェルを眺めていると、ふと傍らにオズフリートが佇んでいるのにリリスは気が付いた。
「オズ様?」
「リリス。……もう少しことが落ち着いたら、時間を貰えるかな。二人でゆっくりと話したいことがあるんだ」
いつになく真剣な声色に、リリスはゆっくりと頷いた。
話したいことがあるのは、こちらも同じなのだから。
◇◇◇
オズフリートが目覚めたことに城中が大騒ぎをし、三日三晩宴が催された。
渦中の人物であるオズフリートは様々な事後処理に追われ、しばらくの間は婚約者であるリリスでさえ近づくことができないほどだった。
だが一月ほど経ち、フローゼス公爵邸に一枚の招待状が届けられた。
オズフリートからリリスへの、二人だけのお茶会のお誘いである。
それを見て、リリスは――。
「……なにこれ、三者面談? 俺帰っていい?」
「ダメよ」
テーブルを挟んでオズフリートと向かい合いながら、リリスは必死に傍らのイグニスの服を掴んで逃げられないようにしていた。
「……イグニスも来るとは思わなかったな」
「ほらー、俺邪魔者じゃないですかー! 馬に蹴られないうちに帰りますんで、その手を離してもらえませんかね」
「ダメって言ってるじゃない……!」
オズフリートからのお茶会の招待に、リリスは緊張しながらも赴き、こうして彼と向かい合っている。
……イグニスを、伴って。
「オズ様、私とイグニスはもはや一心同体のような存在です。離れることなどできないのです。イグニスのことは、私の一部として空気のように扱ってくださいませ」
「うそうそ、全然分離できますんで。お嬢様はただ殿下と二人っきりになることに照れてるだけなんですよ」
「黙りなさい!」
ずばり心の内を言い当てられ、リリスは真っ赤になった。
リリスがこうしてイグニスを連れてきたのは、オズフリートに殺される危険を予期して……ではない。
ただ単に、オズフリートと二人で向かい合うのが恥ずかしかっただけなのである。
――だってオズ様から見たら……目が覚めた途端私がキスしてきたように見えたんでしょ!?
見ようによっては、病人の寝込みを襲おうとした痴女のようにも見えるはずだ。
あの時のことを思い出すと、今でも羞恥心で頭が沸騰しそうになってしまう。
「イグニスが変なこというから悪いのよ!」
「え、俺?」
「そうよ! 何が真実の愛のなのよ! 似合わないわ!!」
「ひっでー。俺のガラスのハートが粉々に砕け散ったわ」
言い合いになってしまった二人を眺めて、オズフリートはくすりと笑った。
「相変わらず、君たちは仲がいいね」
「ほーらイグニス、オズ様もこう仰っているのよ。逃げるなんて許さないんだから!」
「……何度も言いますけど殿下。俺はもっと大人びた女性が好みなので、そこのところお忘れなきよう」
余計なことを口走るイグニスの足を踏みつつ、リリスはじっとオズフリートを見つめた。
彼はリリスの視線を受けて、ひどく嬉しそうな笑みを浮かべる。
その表情を見た途端、またしてもリリスは頬が熱くなるのを感じた。
「……いいよ。イグニス、君にも聞いてもらおう。君も、当事者の一人であるのは間違いないんだから」
どこか昔を懐かしむように、オズフリートは目を細めた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「それじゃあ……少し、昔の話をしようか」




