11 王子、やや強引にパラダイムシフトを起こす
詩作朗読会の翌日、リリスはまたしても王宮に呼び出されていた。
婚約者である王子直々の招待である。
正直に言えば面倒だったが、まさか「徹夜で詩作に耽って眠いのでまた今度」と断るわけにもいかなかったのだ。
「昨日はありがとう、リリス。君のおかげで盛り上がったよ」
「やっと時代が私に追いついたという感じですね」
昨日の皆の称賛を思い出し、リリスは得意になってそう口にする。
背後ではイグニスが苦虫を噛みつぶしたような顔をしていたが、残念ながら背中に目がついているわけではないリリスからは見えていなかった。
「これからも君の活躍に期待しているよ。君はいつも僕を驚かせてくれる」
オズフリートが目を細めて笑う。
その大人びた表情に一瞬、リリスの鼓動が跳ねた。
――はっ、いけない! また殺意が……。
殺意が沸き上がったせいか、体がぽかぽかと熱くなってきたような気もする。
リリスは心を落ち着けようと、さりげなく紅茶をがぶ飲みした。
「オズ様の詩も洗練されていて素晴らしかったわ」
オズフリートの披露した詩は、優等生らしい彼の内面を現すような、そつのなく美しく整った詩だった。
率直に言えば、あまり印象には残らなかったが。
リリスの言葉を受けて、オズフリートはふっと笑う。
「僕に欠けているのは君のような自由な発想力かもしれないね。……リリス」
気がつけば、オズフリートが真剣な表情でこちらを見つめていた。
リリスは自らの殺意が見透かされたのかと焦ってしまう。
「……薔薇は赤く、スミレは青い」
オズフリートがこちらに向かって手を伸ばす。
リリスの手はいとも簡単に、彼の手に絡めとられてしまった。
「砂糖は甘く」
真っすぐに見つめられて、目を逸らせない。
婚約者の顔がよすぎるのも問題なのかもしれない。
リリスはこの時初めてそう思った。
「……君は素敵だ」
つぅ……と触れるか触れないかくらいの優しいタッチで、彼の指先がリリスの手の甲をそっと撫でた。
その瞬間、全身が沸騰したかのように熱くなってしまう。
「ゆ、有名な詩の一節ですね! もっと独自性を磨いた方がよいのではなくって!!?」
リリスは紅茶に砂糖を追加するふりをして、慌てて手を引いた。
今のはリリスも耳にタコができるほど暗唱させられた有名な詩だ。
だから、彼の言動に意味なんてない。……そうに決まってる。
どばどばと過剰に砂糖を投入するリリスを見て、オズフリートはくすりと笑う。
「……そうだね。君の言うとおりだ」
目の前の婚約者を見ていられなくて、リリスは視線を落とし、ティーカップの中の紅茶の海に映りこんだ自分の顔を眺めた。
何故だろう。今までにないほど鼓動が高鳴っている。
彼がよくわからないことばかり言うから、殺意ゲージが急上昇しているのかもしれない。
「……うぇ」
砂糖を入れすぎた紅茶は、吐き出したくなるくらいに甘かった。
◇◇◇
「それでは聞いてください。『混沌の呼び声』」
「――今こそ血塗られた黙示録を紐解いて……」
「二律背反の存在理由の先に、一体何が待ち受けているのか――」
あの日以来、リリスを取り巻く世界は少しだけ変わった。
「ふふ……皆のレベルが上がってきているのをひしひしと感じるわ……!」
二周目に突入してから幾度目かの詩作朗読会の場で、リリスは目をキラキラさせて披露される詩に聞き入っていた。
以前は(リリスの主観で)退屈な詩が多かったが、最近はめきめき参加者のレベルが上がっているのを感じる。
時代を先取りしすぎていたリリスに、やっと周囲が追い付いてきたようだ。
「楽しそうだね、リリス」
にっくき婚約者に声を掛けられても、笑顔で応対できるくらいには今日のリリスはご機嫌だった。
「えぇ、皆さまの詩は素晴らしいものばかりで、ばしばしインスピレーションを刺激されますもの!」
自分も負けてはいられない。帰ったらさっそく新たな詩を考えなくては。
わくわくと嬉しそうなリリスを見て、オズフリートは満足げな笑みを浮かべた。
「……君が楽しそうで何よりだよ」
そんな様子を遠くから見守りながら、イグニスはそっとため息をついた。
「……芸術って、こうやって破壊されていくんだな」
先日の詩作朗読会で、オズフリートがリリスのアレな詩を絶賛した結果がこれだ。
貴族子女たちはこぞってオズフリートに忖度しようと、あれだけ馬鹿にしていたリリスの詩を真似するようになってしまった。
今やリリス風の詩は「リリシズム」として若い貴族の間に浸透しつつある。
権力者の一声で自身の主義主張を簡単に曲げてしまうとは、本当に……人間という生き物は愚かだ。
――でも、あいつは違う。
リリスだけは、そうじゃなかった。
彼女は決して自分を曲げようとはしなかった。
最短ルートで破滅への道を突き進むほどの、馬鹿正直で真っすぐな心根が、イグニスは決して嫌いではない。
いったい、彼女の魂はどんな味がするのだろう。
偉そうに披露された詩を批評するリリスを見ながら、イグニスはぺろりと舌なめずりをした。
お読みいただきありがとうございます。
ここまでが序章という感じになります。
閑話っぽい話を挟んで、次の「はじめてのともだち」編へと続く予定です。
引き続きお楽しみいただけると幸いです。
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