109 崩れ始めるシンフォニー(2)
オズフリートの周囲は、リリスを「皆の望む理想の王妃」へと矯正しようとしている。
リリスは妃教育に対して不満を漏らすことが多くなった。
オズフリートはそんな状況を良くは思っていなかったが、周囲を止めるような力もなかった。
オズフリート自身が、「皆の望む理想の王子」という檻に囚われているのだから。
「殿下、フローゼス公爵令嬢のお誕生日には何を贈られますか?」
「そうだね……。リリスは最近他の国で流行しているドレスに興味を持っているみたいだから――」
「いいえ、なりません。フローゼス公爵令嬢はオズフリート殿下の妃になられるのですから、もっと伝統ある型のドレスの方が……」
贈り物一つとっても、誰かの意向に従わなければならない。
オズフリートにもっと、周囲を納得させられるような弁が立てばよかったのかもしれない。
だが残念ながら、大人びているといっても精神的にはまだ十歳そこそこのオズフリートには、周囲を言い含められるだけの力はなかったのだ。
自分が贈るものが、リリスの本当に欲しているものではないということはよくわかっている。
リリスはいつも口では嬉しそうに礼を言いながらも、その瞳が悲しそうに揺れるのは知っていた。
……どうして、こんなに息苦しいのだろう。
かつて、大空を羽ばたく鳥のように自由なリリスに憧れた。魅入られた。
いつもは色あせて見える景色も、リリスと一緒に見れば鮮やかなものに見えた。
誰よりも輝くオズフリートの一番星。
ずっとその輝きを、近くで見ていたいと思っていた。
だが、それは間違いだったのかもしれない。
リリスの傍に居れば、自分も大空を羽ばたけるような気がしていた。
だが現実は、リリスまでもを狭く窮屈な檻の中に引きずり込んだだけだ。
……オズフリートが求婚したことで、リリスを不幸にしてしまうのかもしれない。
そう気づき始めていたが、オズフリートにはリリスを手放すことなど考えられなかった。
もう少し二人が成長し、正式に婚姻を結べば……きっと状況は変わるはず。
それまでの辛抱だ。きっといつか、笑って幸せになれる日が来る。
それが、オズフリートのたった一つの希望だった。
だがその希望すら、簡単に打ち砕かれる日はやって来てしまったのだ。
『……オズフリート、今までの様子を見ましたが、残念なことに……リリス・フローゼスには王妃たる素質が感じられません』
ある日、国を守護する天使から告げられた言葉に、オズフリートは絶句した。
ここセレスティア王国には、遥か昔から国を守護する「守護天使」という存在がついている。
神殿の上層部の者や、王族などごく一部の限られた者は、守護天使の声を聞くことができる。
今までは当たり障りのないことしか言わなかった天使の突然の発言に、オズフリートはいつになく動揺してしまう。
「……リリスは、今は成長途上です。もう少しすれば、相応の振舞いも身につきます。それに、国内の情勢を考えればリリス以上に妃にふさわしい相手は――」
母にリリスを妻にしたいと主張した時のように、オズフリートは何とか天使を説得しようとした。
だが、それは無駄だった。
『存在します。フローゼス公爵令嬢よりもずっと、誰もがあなたの妃に相応しいと認めるような、そんな相手が今に現れます』
「そんなの、いるわけ――」
『救国の聖女、といえばわかるでしょう』
天使の告げた言葉に、オズフリートはひゅっと息を飲む。
「救国の聖女」――歴史書に記された、半ば伝説の存在だ。
ここ百年ほどは現れたという事例は確認されていないので、オズフリートにとっては自分が生きている間に聖女が現れるなどとは考えたこともなかったのだが……。
『聖女は王族にも匹敵するほどの立場を得られます。相手が聖女とあっては、フローゼス公爵も婚約解消に文句は言えないでしょう。何も問題はありません』
天使は優しい声色で、残酷な言葉を吐いていく。
まるで足元ががらがらと崩れるような絶望を感じながら、オズフリートはただその言葉を聞いていた。
『……ですからフローゼス公爵令嬢との婚約を解消し、聖女を娶りなさい、オズフリート。それが、この国の繁栄に繋が――』
「嫌だ」
自暴自棄になったような気分で、オズフリートは天使の甘言を拒絶した。
もう、あの色あせた世界には戻りたくなかった。




