10 愛と殺意は紙一重
会場の者たちは一斉にオズフリートをガン見した。
今の痛々しい詩が、素晴らしいだと……!?
ついに王子の感性も狂ってしまったのだろうか。あのフローゼス公爵令嬢の相手をするストレスで、おかしくなってしまったのかもしれない。
戦々恐々と状況を見守る者たちを見回し、オズフリートはリリスに微笑みかけた。
「とても素敵な……恋の詩だね」
その言葉に一番驚いたのは、他でもないリリス自身だった。
「…………え?」
これは、恋の詩などではない。
リリスの胸の内に秘められた、熱い復讐心を叫んだ詩だったのだが……?
「月を硝子に例えるところなんてとても情緒的で素敵だ。美しい光景が目に浮かぶようだよ。幻痛というのは恋焦がれる胸の痛みのことかな。……君らしくて、いじらしい」
オズフリートはぺらぺらと、リリスの素っ頓狂な詩に斜め上の解説を加えていく。
彼は美しい容姿、王子という立場、耳触りの良い声を兼ね備えている。
それらの相乗効果で、会場の者たちも次第に「そう言われればそう聞こえるかも……」と騙されかけていた。
「『仮面を脱ぎ捨てて、燃え滾る想いを咆哮しろ』――普段は立場があるから口にできない、本当の想いを伝えたいということだね。蜃気楼は二人想いが通じ合う未来の幻、創世記は二人で歩んでいくこれからの道のり……といったところかな。ねぇリリス」
まるで、世界を変える魔法のようだ。いまや会場に集まった者たちは、すっかりオズフリートの術中にはまっていると言ってもよいだろう。
いつの間にかリリスの披露したアイタタな詩は、「いじらしい公爵令嬢が婚約者である王子に向けた秘めた恋心を乗せた詩」に姿を変えていたのだから。
「不思議……殿下の解説を聞いていたら、すごく素敵な詩に聞こえてきたの」
「言葉選びに品があるな。さすがは公爵令嬢だ」
「リリス様は詩作にも造詣が深くていらっしゃるのね!」
周囲の者たちはすっかりオズフリートの手練手管に乗せられ、リリスの詩を称賛していた。
だんだんとこちらに向けられる拍手の音が大きくなっていく。
当の本人であるリリスはぽかんとしたまま、その音を聞いていた。
――私の詩……褒められてる? 本当に? すごい、こんなの初めて……!
ずっと、馬鹿にされて続けてきた。
「共感性羞恥がやばい」「五年後くらいに枕に顔をうずめてバタバタしそう」などと、心無い誹謗や中傷を受けてきた。
でも……やっと認められた。初めて、認められたのだ。
――なんだろう、胸がいっぱいで、ドキドキする……。
不意に手を取られ、リリスはぱっと顔を上げる。
すると、オズフリートが優しい目でリリスの方を見つめているのが目に入る。
「この詩は……僕のことを想って作った詩だと考えてもいいかな?」
甘く囁かれ、リリスはそっと頷いた。
彼の言う通り、この詩はオズフリートへの抑えられない殺意を込めた復讐の詩である。
かなり曲解されて受け取られたようだが、彼のことを思って作ったのは確かなのだから。
「ありがとう。……本当に、君は見ていて飽きないよ。僕の一番星」
そっと指先を撫でられ、リリスの鼓動が大きく音を立てた。
――何なの? この胸のドキドキは……まさか!
そう考えた時、リリスは気づいてしまった。
――これはまさしく……殺意!
オズフリートを見ていると、動悸が激しくなってくる。
憎い復讐相手の姿を見て、殺意が抑えきれなくなっているのだろう。
――あぁ、でも今は駄目よ。いつか最高の舞台であなたを葬ってやるんだから!
そんな思いを込めて、リリスはオズフリートに微笑みかけた。
まるで、二人だけの世界にいるかのように互いを見つめ合う二人の姿に、出鼻をくじかれたウェンディは「キィー!」と悔しさにハンカチを噛みしめるのだった。