107 小さな恋のメロディ(4)
リリスに、婚約を申し込まねばならない。
覚悟を決めたオズフリートがフローゼス公爵邸に赴くと、リリスは上機嫌で出迎えてくれた。
「オズ様、私に会いに来てくださったのですか!? ちょうど今、力作のアイディアを練っているところで、是非オズ様の意見を――」
感情がすぐ顔に出るリリスは、隠し事ができない。
無邪気に新しい詩のアイディアを披露するその様子からは、オズフリートが何をしにやって来たかわかってはいなさそうだ。
リリスはめげない、へこたれない。
彼女の詩はいつも詩作朗読会で酷評されているが、それでも彼女は自分を曲げようとはしない。
いつも他者の評価を気にして、教本通りにお手本をアレンジしただけの、計算式のような味気ない詩ばかり作っているオズフリートとは大違いだ。
だからこそ、彼女の輝きを眩しく感じるのだろう。
「少し、二人で庭を散歩したいな」
さすがに大勢の使用人の見守る中で、リリスに求婚する勇気はなかった。
リリスの性格から考えると、断るときは立場など考えずにずばっと断って来るだろう。
衆人環視の中で、そんな情けない姿は見せたくなかった。
母には大見得を切ったが、その実オズフリートは、リリスが自分の求婚を受けてくれる未来などまったく想像がつかなかったのだ。
――リリスから見れば、きっと僕はつまらない人間なんだろうな……。
いつも周囲の顔色を窺い、「皆が望む模範的な王子」を演じているだけの、空っぽの人間。
いつも目をキラキラと輝かせているリリスから見れば、路傍の石も同然の存在なのかもしれない。
それでもリリスは、オズフリートに会うたびに楽しそうに話しかけてくれる。
……単に、他に話し相手がいないだけなのかもしれないが。
「トリカブトの花言葉は『復讐』……なんて素敵なのかしら! 次に作る詩に取り入れるとすると、どんな感じにすれば……オズ様はどう思います?」
「アザミの花言葉に『報復』というものもあるよ。合わせてみたらどうかな?」
「さっすが、オズ様は話がわかる~!」
ふんふんと鼻歌を歌いながら、リリスはスキップでもするように軽やかに庭園を駆け抜けていく。
少し開けた場所に出た時に、オズフリートは意を決してリリスの手を掴んだ。
そのまま振り返ったリリスに、オズフリートは平静を装って告げる。
「今日は……君に言いたいことがあって来たんだ。聞いてくれるかな」
そう言うと、リリスは珍しく静かに頷いた。
オズフリートの態度から、何かを察したのかもしれない。
そっと彼女の足元に跪き、オズフリートは顔を上げてリリスを見上げた。
「……フローゼス公爵令嬢。あなたはいつも光り輝く、明星のように素敵な人だ」
「ありがとう、ございます……」
リリスはストレートに褒められて照れているのか、頬がわずかにに染まっている。
だがそんな反応に気づく余裕もなく、オズフリートは手が震えないように気を付けながら、そっとリリスのしなやかな手を取った。
「どうかいつまでも、その輝きで僕を照らして欲しい。……私の、妻になっていただけますか」
そう告げると、リリスは驚いたように目を見開いた。
白磁のようになめらかな頬を真っ赤に染めて……リリスはぷるぷると震えている。
……五秒、十秒。
まるで永遠にも感じられるような時間の中、オズフリートはただひたすらに彼女の返答を待つ。
やがて、蚊の鳴くような小さな声で、リリスは口を開いた。
「……よ、喜んで……お受け、いたします」
その答えに、オズフリートは信じられない思いで目を見開く。
……自分から求婚しておいてなんだが、まさか受け入れられるとは思っていなかった。
二人とも何も言えずに、ただ顔を赤くして見つめ合っていた。
やがて、この光景をこっそり見守っていた使用人が呼び寄せたのか、フローゼス公爵が慌てた様子で駆けてくる。
「やったな、リリス! オズフリート殿下、どうか我が娘をよろしくお願いいたします……!」
感動した様子の公爵に何度も頭を下げられ、オズフリートはやっと今この時間が現実だと信じることができたのだ。