100 さよならなんていらない
『お別れは済みましたか?』
「わざわざ待ってくれるなんて随分とお優しいんだな」
『天使たるもの、慈悲の心を忘れてはなりません。ですが、ご安心ください。オズフリートにはまだ役目がありますが、あのお嬢さんはすぐにあなたと同じところに送って差し上げましょう』
「それはご丁寧にどーも」
イグニスは面倒そうにレミリエルを見上げると、どこか嘲るように口を開く。
「自分の気に入らない奴は操って排除して、本当の願いは握りつぶして……お前、それが本当に人間の為になるとでも思ってんのか」
『人はすぐに過ちを犯す。それを正しく導いてやるのが私の役目です。いつかそれが正しかったと、皆理解して――』
「違うっ!」
レミリエルの言葉を遮るように、リリスに支えられたオズフリートが叫ぶ。
「お前は正しくなんてない。お前に従ったって、誰も幸せになんてなれるはずがない……! お前のせいで、リリスは一度死ななければならなかった。アンネだって死んだようなものだ。お前が……何もかもを滅茶苦茶にしたんだ……!」
「オズ様……」
いつになく憤るオズフリートに、リリスはそっと彼に寄り添う。
だが、何かが引っかかった。
――『お前のせいで、リリスは一度死ななければならなかった』
その言葉を反芻した途端、心臓がどくりと音を立てる。
オズフリートは、まさか……。
だが、思考はすぐにイグニスの言葉に掻き消された。
「……王子、一つ言っておきますけど……うちのお嬢様は真実に耐えられないような腰抜けじゃないんで、ちゃんと一度話し合った方がいいですよ」
「イグニス……?」
リリスの方を振り返ったイグニスが、やれやれといった様子で笑う。
その顔は、いつもリリスが「美味しいスイーツを作りなさい」と命じた時の顔と同じだった。
「リリス、寝るときはちゃんと腹仕舞えよ。あと甘い物を食べた後はすぐに歯を磨け。虫歯で苦しむからな」
「な、なによ……」
この状況でいきなりの説教に、リリスはどんな反応をしていいのかわからなかった。
「何か困ったことがあったらレイチェルやギデオンを頼れ。もちろん王子も。それで……たぶん何とかなるはずだ」
「何を言ってるの……?」
彼が何を言いたいのかさっぱりわからない。
ただ、無性に胸がざわついた。
そんなリリスを見て、イグニスは目を細めて笑う。
「お前と過ごした時間、そんなに悪くなかった。……じゃあな」
「なに、それ……待ちなさい! イグニス!!」
リリスは慌てて駆け出そうとしたが、強い力でオズフリートに引き止められてしまう。
止める間もなく、イグニスは手にした鎌をくるくる回すと、勢いよく地面につきたてた。
「お前の死因は、そのふざけた舐めプだな。せいぜい天国で後悔しろよ、クソ天使!」
次の瞬間、イグニスの体が黒い炎に包まれた。




