9 闇堕ち令嬢、黒歴史を披露する
「『――空にはヒバリが歌い、足元では水仙が踊っている。あぁ、この世界のなんと美しいことか』」
一人の貴公子が詩を披露し終わると、ぱちぱちと拍手が沸き起こる。
詩作朗読会は順調に進んでいる。順調すぎて、退屈すぎるくらいに。
リリスはくぁ……と欠伸が出そうになるのを、何とか取り繕った。
――なんていうか、悪くないけど……パンチが足りないのよね。
耳触りの良い詩はまるで子守歌だ。春の陽気も相まって、うとうとと眠くなってしまう。
――もっと、もっと熱く魂を燃やすような詩を作る人はいないの? やはり、私が改革を起こすしかなさそうね……!
そんな風に一人で燃え上がっていると、ふと隣に座っていたオズフリートが耳元で囁いた。
「リリスはどう思う? 今の詩を」
「暖かな春の情景が思い浮かぶような、模範的で素晴らしい詩ですね。ですが、少し個性に欠けているようにも感じられますわ」
「君の詩は個性的だからね」
オズフリートの言葉に、周囲の令嬢たちが嫌味ったらしくくすくすと笑う。
王子の「個性的」という言葉を、遠回しなリリスへの苦言だと捉えたのだろう。
――ふん、笑いたければ笑うがいいわ! あと少しで私の渾身の詩を披露する時間がやって来るんだから、あなたたちの余裕も今だけよ。
オズフリートは周囲の少女たちを咎めるそぶりは見せない。
それがまた、リリスを苛立たせた。
――……やっぱり、オズ様はオズ様ね。優柔不断で八方美人。いつもなよなよして、私が馬鹿にされても一度も助けてくれたことはなかったわ!
オズフリートがもう少しビシッと言ってくれれば、周囲の者たちの態度も改まるだろうに、
昔はそんな風に彼に期待していた。だが、今は違う。
彼への期待などとうに消えてしまった。それどころか、彼はリリスを殺した張本人だ。
可愛さ余って憎さ百倍。どんな手を使ってでも、復讐しなければならない相手なのである。
――ふん、まぁいいわ。今日は私の素晴らしすぎる詩で皆の度肝を抜いてやるんだから! オズ様だって泣きながら、私を庇わなかったことを後悔するに違いないんだから!!
「……次は、フローゼス公爵令嬢の番ですね」
名を呼ばれ、リリスは堂々と立ち上がった。
いよいよ革命のときはやって来た。
ちらりと中庭の隅に視線を走らせると、何を思ったのか、控えていたイグニスがひらひらと手を振って来た。
主人に対するにしては舐め腐った態度である。帰ったら従者としての礼儀を叩きこんでやらなければ。
そう決意し、リリスはそっと口を開いた。
「それでは皆様、拙い詩ですがどうかご清聴願います。題名は……『残響の生贄』」
今までの穏やかな詩とは違う、ぶっ飛んだ題名に会場はざわついた。
「また始まった……」
「あれだけ黒歴史を量産してもまだ足りないのか」
「聞いてて恥ずかしいんだよな」
「俺は結構好きかも……」
そんな聴衆のざわめきすら、今のリリスには快感だった。
リリスは元来目立ちたがり屋である。注目を浴びるのが好きでたまらない質なのだ。
自身に陶酔しきったリリスは、十五年分の経験と知識を活かし、三日三晩丹精を込めて作り上げた渾身の詩を読み上げた。
『硝子月が輝く夜
また幻痛が止まらない
宵闇猫の声聞けば
今夜も誘われる聖域
その仮面脱ぎ捨てて
燃え滾る想いを咆哮しろ
求めていた蜃気楼に手が届く時
本当の創世記が幕を開ける――』
ほがらかなよく通る声で、リリスは燃え滾る魂の叫びを披露した。
あぁ、何度読み返しても激情がこみ上げる超大作だ……!
これなら、会場の者たちもさぞや感激にむせび泣いているに違いない!
……などと考えながら自信満々に、リリスはぐるりと会場を見回した。
そして、異変に気づいてしまった。
――…………あれ?
集まった貴族子女たちは、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
中には俯いてぷるぷると肩を震わせるもの、真っ赤になって口元を抑える者もいる。
隅に控えるイグニスは、「やっちまったか……」とでも言いたげに額を抑えていたが、残念ながらリリスの目には入らなかった。
――皆、もっと褒めてくれてもいいのよ? それとも、あまりに感動しすぎて言葉も出ないかしら?
皆の反応にぽかんとするリリスとは対照的に、詩作朗読会の始まる前にリリスに煽られ悔しい思いをした令嬢――ウェンディは、水を得た魚のように復活した。
いくら何でも今の詩は酷すぎる。意味が分からないどころの話ではない。
さぁ、先ほどの仕返しに最大限の嫌味を込めて奴の詩をけなしてやろうではないか!
……とウキウキで立ち上がろうとしたが、そんなウェンディの行動はパチパチという力強い拍手に遮られてしまった。
「……素晴らしい! さすがは僕の一番星だ」
そう言って手を叩きながら立ち上がったのは、リリスの婚約者であるオズフリート王子だ。