表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/133

プロローグ 闇堕ち令嬢は今日も王子への復讐を諦めない

8/21 プロローグ追加しました

 一人の令嬢が、大理石の回廊を従者と共に進んでいく。

 白百合のように優美なその姿に、すれ違う者たちは皆視線を吸い寄せられ、中には立ち止まって振り返る者さえいた。


「今の美姫は、いったいどちらのご令嬢だ……?」

「あぁ、お目にかかるのは初めてか。彼女は王子殿下の婚約者、フローゼス家のリリス様だよ」

「フローゼス公爵令嬢だと!? 手のつけられないじゃじゃ馬だと聞いていたが……」

「ははっ、昔の話さ。今の彼女は我が国の誇る才媛だよ。王子殿下もたいそうリリス様を大事にされていて……きっと今も殿下の所へ向かわれるのだろう」


 そんな囁きにも振り返ることはせず、フローゼス公爵令嬢――リリスはただ一点を目指し、静かに足を進めた。



 ◇◇◇



「ご機嫌麗しゅう、オズフリート王子殿下。リリス・フローゼスがご挨拶申し上げます」


 リリスがそっとドレスの裾を持ち上げ礼をすると、その優美さに見守っていた者たちはほぅ……と感嘆のため息を漏らした。


「会えて嬉しいよ、リリス。今日は天気がいいから、外でお茶をするのはどうかな」

「まぁ、とっても素敵ですね」


 リリスを出迎えたオズフリート王子は、彼女をエスコートするようにして歩き出す。

 二人が向かったのは、限られた者しか立ち入ることを許されない、美しく花々が咲き誇る庭園だ。


「今日はわたくしがお茶を淹れてもよろしいですか?」

「君が? もちろん大歓迎だよ」

「ふふ、オズ様の為に特別にご用意いたしましたの」


 そう、リリスはこの日の為に特製のブレンドティーを用意していた。

 諸外国から多種多様なハーブを取り寄せ、オズフリートに飲んでもらうためだけに苦労して作り上げたのだ。

 その効能を予感して、リリスは内心でにんまりと笑う。


 ――ふふ、おとなしく特製激辛ブレンドティー――名付けて「地獄の業火スペシャル」の餌食となるがいいわっ!!


 そう、リリスが用意したのはジンジャー、唐辛子、ブラックペッパーなど多種多様なハーブや香辛料を配合した、超激辛ブレンドティーだったのだ。

 そんなものを作り出した理由は簡単。婚約者であるオズフリート王子を苦しめるためである。

 激辛茶を侮ることなかれ。一口飲むだけで、地獄の業火に焼かれるかのような苦しみを味わうと評判の一品だ。

 リリスの勝利はもはや確定したも同然なのである。


「……随分と、赤いね」

「異国から珍しいハーブを取り寄せましたの。オズ様のお口に合えばよいのですが……」


 さも謙虚な振りをして、リリスはとぽとぽとティーカップにお茶を注いでいく。

 ティーカップの中の地獄の業火スペシャルは、見るだけで火傷しそうなほど毒々しい赤色をしていた。


「さぁ、召し上がれ」


 にっこりと笑ってそう促すと、オズフリートはそっとカップを口に運ぶ。

 リリスは固唾をのんで、婚約者が地獄の業火に倒れる瞬間を待つ。

 だが……。


「……少し飲むだけで体が暖かくなるようだよ。これは滋養によさそうだね」


 しっかりと激辛茶を口にしたはずのオズフリートは、何事もなかったかのように涼しい顔で笑っているではないか。

 ……これはおかしい。一口で火を吹くほどの威力を発揮するとの説明を、確かに読んだのに。


 ――あれ、何で平気なの? 配合を間違えたのかしら?


 リリスは自身の手元のティーカップに視線を落とす。

 これは、確かめてみる必要がありそうだ。


「っ! リリス、待――」


 リリスがティーカップを手にした途端、オズフリートは慌てたように腰を浮かす。

 だが、一瞬遅かった。

 おそるおそる口にしたティーカップから、激辛茶がわずかにリリスの舌先に触れる。

 その途端――。


(から)あぁぁぁ!!」


 あまりの辛さと衝撃に、リリスは思わず椅子から転がり落ちた。

 舌先が熱い。まるで煉獄の業火で焼かれるかのようだ……!

 涙目でひぃひぃ悶えながら、リリスは救いを求めて手を伸ばす。


「リリス、リリス! しっかりするんだ!!」

「殿下、ケーキを! お嬢様にケーキを食べさせて中和してください!!」

「わかった!」


 ガタリと立ち上がったオズフリートが慌てたようにリリスを抱き起こす。

 すると控えていたリリスの従者から声が飛び、オズフリートはさっと用意されていたケーキを一口、リリスの口へ運んだ。


「ほらリリス、君の大好きなケーキだよ」

「はひぃ、死んじゃう……」


 優しくオズフリートに手を握られながら、リリスは反射的にもぐもぐと口を動かす。

 地獄の業火で焼かれた舌が、甘いケーキによって癒されていく……。


「おいひぃ……♡」

「よかった、もっとお食べ……」


 夢中でケーキを頬張っていたリリスだが、ふと自分がまだオズフリートに抱きかかえられた状態であることに気が付いた。


「あの、オズ様……もう自分で座れます」

「うん……でも、僕がこうしたいんだ」


 さりげなく距離を取ろうとしたリリスだが、逆にオズフリートに強く抱き寄せられてしまう。

 一瞬どきりとしたリリスは、更にとんでもない可能性に思い当った。


 ――こんなにがっちりホールドしてくるなんて……まさかオズ様、私の悪意に気が付いて動きを封じようとしているの!?


 顔を上げると、優しさに満ちたオズフリートの瞳と視線が合う。

 だがリリスには、それが「お前の企みなんてお見通しだ」という脅しの視線にしか感じられなかった。


 ――くっ、バレてしまった以上、今日は大人しくするしかないわ……! 周囲の目があれば、さすがのオズ様も私を害そうとはしないはずだし……。


「はい、あーん」


 婚約者が嬉しそうに差し出すケーキを大人しく咀嚼しながらも、リリスの心はリベンジに燃えていた。


 ――次は、次こそは絶対に地獄の底に突き落としてやるんだから……!



 かつてリリスは、オズフリートに手ひどく裏切られた挙句に殺された。

 何の因果か時間が巻き戻り、人生をやり直す機会を得たが……それでも、リリスの胸に宿る復讐の炎が消えることはなかったのだ。


 ――待っていてください、オズ様……。必ずや、あなたに復讐を果たして見せます。


 胸中に様々な思いを抱えながら、王国名物のバカップルは今日も元気にすれ違うのだった。



お読みいただきありがとうございます。


面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援をお願いします。

感想もお待ちしております!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 腐りきったバッドエンドに抗うんですね、楽しみです。
[一言] おお、面白そうではないか!(なぜか上から目線……)
[一言] 最初から意外な滑り出しに笑いがこみ上げてにやけて怪しい人になっちゃってます。 次が気になるのでどんどん読ませて頂きます。 面白うそうなお話、ありがとうございます!!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ