プロローグ 闇堕ち令嬢は今日も王子への復讐を諦めない
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一人の令嬢が、大理石の回廊を従者と共に進んでいく。
白百合のように優美なその姿に、すれ違う者たちは皆視線を吸い寄せられ、中には立ち止まって振り返る者さえいた。
「今の美姫は、いったいどちらのご令嬢だ……?」
「あぁ、お目にかかるのは初めてか。彼女は王子殿下の婚約者、フローゼス家のリリス様だよ」
「フローゼス公爵令嬢だと!? 手のつけられないじゃじゃ馬だと聞いていたが……」
「ははっ、昔の話さ。今の彼女は我が国の誇る才媛だよ。王子殿下もたいそうリリス様を大事にされていて……きっと今も殿下の所へ向かわれるのだろう」
そんな囁きにも振り返ることはせず、フローゼス公爵令嬢――リリスはただ一点を目指し、静かに足を進めた。
◇◇◇
「ご機嫌麗しゅう、オズフリート王子殿下。リリス・フローゼスがご挨拶申し上げます」
リリスがそっとドレスの裾を持ち上げ礼をすると、その優美さに見守っていた者たちはほぅ……と感嘆のため息を漏らした。
「会えて嬉しいよ、リリス。今日は天気がいいから、外でお茶をするのはどうかな」
「まぁ、とっても素敵ですね」
リリスを出迎えたオズフリート王子は、彼女をエスコートするようにして歩き出す。
二人が向かったのは、限られた者しか立ち入ることを許されない、美しく花々が咲き誇る庭園だ。
「今日はわたくしがお茶を淹れてもよろしいですか?」
「君が? もちろん大歓迎だよ」
「ふふ、オズ様の為に特別にご用意いたしましたの」
そう、リリスはこの日の為に特製のブレンドティーを用意していた。
諸外国から多種多様なハーブを取り寄せ、オズフリートに飲んでもらうためだけに苦労して作り上げたのだ。
その効能を予感して、リリスは内心でにんまりと笑う。
――ふふ、おとなしく特製激辛ブレンドティー――名付けて「地獄の業火スペシャル」の餌食となるがいいわっ!!
そう、リリスが用意したのはジンジャー、唐辛子、ブラックペッパーなど多種多様なハーブや香辛料を配合した、超激辛ブレンドティーだったのだ。
そんなものを作り出した理由は簡単。婚約者であるオズフリート王子を苦しめるためである。
激辛茶を侮ることなかれ。一口飲むだけで、地獄の業火に焼かれるかのような苦しみを味わうと評判の一品だ。
リリスの勝利はもはや確定したも同然なのである。
「……随分と、赤いね」
「異国から珍しいハーブを取り寄せましたの。オズ様のお口に合えばよいのですが……」
さも謙虚な振りをして、リリスはとぽとぽとティーカップにお茶を注いでいく。
ティーカップの中の地獄の業火スペシャルは、見るだけで火傷しそうなほど毒々しい赤色をしていた。
「さぁ、召し上がれ」
にっこりと笑ってそう促すと、オズフリートはそっとカップを口に運ぶ。
リリスは固唾をのんで、婚約者が地獄の業火に倒れる瞬間を待つ。
だが……。
「……少し飲むだけで体が暖かくなるようだよ。これは滋養によさそうだね」
しっかりと激辛茶を口にしたはずのオズフリートは、何事もなかったかのように涼しい顔で笑っているではないか。
……これはおかしい。一口で火を吹くほどの威力を発揮するとの説明を、確かに読んだのに。
――あれ、何で平気なの? 配合を間違えたのかしら?
リリスは自身の手元のティーカップに視線を落とす。
これは、確かめてみる必要がありそうだ。
「っ! リリス、待――」
リリスがティーカップを手にした途端、オズフリートは慌てたように腰を浮かす。
だが、一瞬遅かった。
おそるおそる口にしたティーカップから、激辛茶がわずかにリリスの舌先に触れる。
その途端――。
「辛あぁぁぁ!!」
あまりの辛さと衝撃に、リリスは思わず椅子から転がり落ちた。
舌先が熱い。まるで煉獄の業火で焼かれるかのようだ……!
涙目でひぃひぃ悶えながら、リリスは救いを求めて手を伸ばす。
「リリス、リリス! しっかりするんだ!!」
「殿下、ケーキを! お嬢様にケーキを食べさせて中和してください!!」
「わかった!」
ガタリと立ち上がったオズフリートが慌てたようにリリスを抱き起こす。
すると控えていたリリスの従者から声が飛び、オズフリートはさっと用意されていたケーキを一口、リリスの口へ運んだ。
「ほらリリス、君の大好きなケーキだよ」
「はひぃ、死んじゃう……」
優しくオズフリートに手を握られながら、リリスは反射的にもぐもぐと口を動かす。
地獄の業火で焼かれた舌が、甘いケーキによって癒されていく……。
「おいひぃ……♡」
「よかった、もっとお食べ……」
夢中でケーキを頬張っていたリリスだが、ふと自分がまだオズフリートに抱きかかえられた状態であることに気が付いた。
「あの、オズ様……もう自分で座れます」
「うん……でも、僕がこうしたいんだ」
さりげなく距離を取ろうとしたリリスだが、逆にオズフリートに強く抱き寄せられてしまう。
一瞬どきりとしたリリスは、更にとんでもない可能性に思い当った。
――こんなにがっちりホールドしてくるなんて……まさかオズ様、私の悪意に気が付いて動きを封じようとしているの!?
顔を上げると、優しさに満ちたオズフリートの瞳と視線が合う。
だがリリスには、それが「お前の企みなんてお見通しだ」という脅しの視線にしか感じられなかった。
――くっ、バレてしまった以上、今日は大人しくするしかないわ……! 周囲の目があれば、さすがのオズ様も私を害そうとはしないはずだし……。
「はい、あーん」
婚約者が嬉しそうに差し出すケーキを大人しく咀嚼しながらも、リリスの心はリベンジに燃えていた。
――次は、次こそは絶対に地獄の底に突き落としてやるんだから……!
かつてリリスは、オズフリートに手ひどく裏切られた挙句に殺された。
何の因果か時間が巻き戻り、人生をやり直す機会を得たが……それでも、リリスの胸に宿る復讐の炎が消えることはなかったのだ。
――待っていてください、オズ様……。必ずや、あなたに復讐を果たして見せます。
胸中に様々な思いを抱えながら、王国名物のバカップルは今日も元気にすれ違うのだった。
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