見覚えのある世界
とりあえず読んで
まず初めにこの物語は彼、空夏至が主人公の物語だ。
この物語は彼が最強になる物語ではない
彼が幸せになる物語でもない
彼は弱く苦難の道を進むであろう、どこにたどり着くかわからない道を
地獄のような苛烈で厳しい道をその身一つで
それでも彼の歩く道をここに綴ろう
願わくば彼がその先で辿り着いた答えを君が見てほしい
ー始まりー
ーーーどうしてこうなったんだ
彼こと空夏 至は今全力で走っている
フォームはぐちゃぐちゃ、もし陸上の専門家が見たらアドバイスすることは間違いないだろう
だがしょうがない、一面に広がる緑、足元に転がる材木の束、ここは彼にとっては走り慣れない深い森だからだ
彼の表情には一切余裕はない。呼吸も荒い。汗が乾くほどの疲労、太ももには痛みという感覚しか残っていない
だがそれでも彼は走り続ける、何故なら
「ハァ、なんでいきなりモンスター?に追われてるんだよおおおおおお」
十分前
ーーーここはどこだ?
イタルは起きてそうそうここが夢だと確信した
それも当然だろう
起きたら深い森の中にいるのだ
昨日はふつうに風呂に入り、ベッドで寝た。
困惑するのも当然だろう
ーーーよくわからない状況だけど、とりあえず
彼は自分の右頬を強くつねった
誰もがやるお約束、だが
「いてええええええ」
現実は残酷にも何も変わらなかった
変わったといえば彼のほおが若干赤くなっただけだ
「これで本当に現実に戻るシチュエーションがあるのかよ」
項垂れながらも、彼はここが現実だと認めざるをえなくなってしまった。
イタルは現状を把握するために頭を回した。イタルは一つの可能性を考えた。しかしそれはあまりにも非現実的で、だがしかしこの状況を説明するには一番相応しいとしか思えない可能性だった。
「もしかしたら異世界か?」
意外にもイタルは異世界と概念は知っていた。魔法や剣で戦う世界なんだなーということくらいは。そしてそういう小説が流行っていたことも。ただイタルに異世界系小説を読んだ記憶はなかった。イタルは頭を振り、雑念を取り払い冷静になろうとする。
ーーーとりあえずこういう時は現状の把握か
「こういう時は高所から周りを見渡すのがセオリーだな」
イタルは起き上がり辺りを見渡した
よく見れば変な色をしたキノコや花があり、ここが異世界だということをますます実感させた。
「この木は登れるかな?」
高い木々が張り巡らされる中、その中では不自然なほど小さな木を見つけた。
幸いにもその木は登りやすそうに足場があり、まるで誰かが、例えばイタルが登るためかのような不自然さがそこにはあった。そのことに少し疑問を感じつつも
ーーー•••まあ登るか
まあそういうこともあるかと納得しイタルはその木を登り始めた
低いといいつつ5mはあるその木、落ちたら死ぬにはしないにしても骨折は免れないであろう。
「全くこれで収穫がなかったら許さ・・・ないぞ」
誰を許さないからは定かではないがイタルは慎重に歩を進めた。しっかりと目の前の足場を見てゆっくりと、ゆっくりと登ると
「いたっ、つめたっ!」
イタルの頭に何かが当たった
感触としては固くはない、液体だろう。
木の実か、鳥のフンか、その落し物をしたヤツを見るためにイタルは上を見上げた
ーーーなん•••だと・・・
何故気付かなかったのか、ヒントはいくらでもあったのにと思ったが現実は非情にも変わらない
上にいたのは鳥でも実がなる木でもなかった
緑や赤色の非現実的な色味の皮膚
悪魔を連想させる醜くおぞましい造形
耳に聞こえるのは地獄のような鳴き声
どれもこれもがイタルが今までに見たどの動物とも程遠く、それらがイタルにとって危険であることは彼の脳の警鐘がガンガン鳴り響いてることが証明してしまった
上にいたのは、モンスターだ
今に戻る
「クソッ!あの時登ってなかったらこうはならなかったのに、あーあ、誰のせいだ、僕のせいだ!。・・・ハア、だけど結局登るしかなかったんだからしょうがないかなあああ!」
イタルは自らを叱咤するかのように大声で叫んだ。もしこの空元気がなくなってしまったら、イタル肉がヤツラの食卓に並ぶことは目に見えている。力を振り絞る。もう10分は走ったがヤツラは逃げても逃げてもしつこく追ってくる。イタルは向こうがこちらの消耗を待っていることに気づいた。
ーーークソッ舐められてる
屈辱に思いながらもそれはイタルにとってありがたいことだった。運動神経がいいといってもあくまで人間レベル、あの化け物どもから逃げ切るのは至難の業であることはイタルが一番理解していた。
それでも走った。道に出れば異世界人に会えるかもしれない。そしたら何とかして助けてもらおう。というわずかな希望のために。
ーーー頼む、誰か助けれくれ
暗い森を走る、走る、走る、そして
ーーー!!光だ!
僅かな可能性の一端をつかんだ。そして道にさえ出てしまえば後は人を見つけるだけだ。
「うおおおおおおおおおおおおお」
そして何とかヤツラの牙によりも先にたどり着いた。
だが木々を潜り抜けた先に彼を待ち受けていたのは、崖だった。
ーーーうそだ
「ありえねえ!神はいないのか、ふざけんなよ、ふざけんなふざけんな!!!」
僅かな希望のために限界を超えてやってきたところが、絶望。
彼の心が折れるのは当然だろう。
ふらふらのまま下を見下ろす。下の地面までは数十mはある、落ちれそうな水源もない。先ほど登った5m程度の木とは違う。落ちたら即死は免れないだろう。
後ろを振り返ったらヤツラがいた。
「ゲヒヒヒヒ」「グェッグエッガァー」
意外にもモンスターの息も上がっていた。獲物がここまでしぶといとは予想していなかったのだろう。だがそれでも、ヤツラの表情はニヤニヤと余裕と達成感がアリアリと浮かんでいる。
ヤツラの小さな脳でも獲物にとってこの状況が詰みだということは明白らしい。
「ハハッモンスターでも息切れするのな」
体も心の限界のイタルの最後の挑発。言葉は分からないだろう、だが侮辱されたことは分かるらしく、激昂するモンスターたち。その激情に任せたままイタルに襲いかかる。
ヤツラの牙が、爪がイタルに届くまで後数センチ、だが
「おめーらにはやらねえよ、俺の体はな」
そういうとイタルは崖に背を向け飛び落ちた。
ーーーあー童貞くらいは捨てたかったな
そして彼は目を閉じた。
「良かった!間に合った」
崖の下から可愛らしい声が聞こえた。
不意にイタルの体に浮遊感が生まれる。
ーーー何が起こったんだ
死を覚悟して飛び降りたイタルの体を受け止めるのは冷たい地面のはずだった。
それなのにも関わらずイタルを受け止めたのは地面の硬さとは程遠い柔らかい感触で、この浮遊感は明らかに異常だった。
目を開けると、浮いている、いや乗っている。
イタルを受け止めたのは水の色をした半透明のぶよぶよとしたものだ。まるでスライム、それが数十メートル下から水柱のように吹き上げてイタルの体を支えている。当然先ほどまでなかったものだ。
理解に困りつつもイタルは声のした方向に頭を向ける。
そして目を疑った。
茶色のロングヘア
尖った耳
あどけない、それでも可愛らしい顔
赤色の目
ローブのようなものを着用していて
そして何より・・・彼女はイタルの乗ってるスライムの何倍もの大きさのものに乗っていたのだ。
まるで彼女が操ってるかのように。
そしてその可愛らしい少女はモンスターにむけて言葉を放った。
「二級魔法 水蛇」
再度、イタルは目を疑った
ーーーなんだあれ!もしかして魔法・・・なのか!?
彼女の背後、何もないところから大量の水が現れたのだ。まるで見えない水瓶があるかのように
そして大量の水は太いチューブのように何本にも分裂してでモンスターに襲い掛かった。
モンスター達は水に呑まれる、飲まれていきて森の奥へ消えていった。
どこのどの部分を切り取っても完全に物理法則を無視している。
ただ、大量の醜いモンスターがたった一人の可憐な少女に一網打尽にされている。まさにそのサマは映画を見ているかのような綺麗さがあった。
「・・・やっぱりいたい!」
どうらた映画でもないらしい。彼の左頬も赤くなった。
アンパンマンみたいだとイタルは思いつつ、その間に少女がこちらに大きなスライムごとやってきた。
もはや疑いようもない。このスライムを操ってるのも彼女のようだ。
「ねえ!大丈夫?ケガしてない?」
正面から見ると彼女の美しさがまざまざと伝わってきた。
イタルは礼を言おうとをしたのだが、その前に安心感に襲われ麻痺していた体の痛みを思い出した。
言葉は出ずそのせいで少女のほうに倒れこんでしまう。
赤面し慌てふためく少女、眠りに入る前にイタルは不意に思った。
ーーーあ、シャンプーの匂いがする
そして彼は目を閉じた。
読んでくれてありがとう