FILE0:プロローグ
雪――――。ほのかに、天から落ちて刹那に消え入ってしまう儚いモノ。
雪――――。まるで、皆が持つ夢の様に掴む前に消え入ってしまう悲しいモノ。
そんな雪が降る季節が訪れる。あの悲しい出来事がおきた季節が、ココロに閉じ込めたはずの出来事が再び脳裏に浮かんでしまう……。
暖かい六畳程の部屋で佇む少年。結露により曇った窓を手で拭き、外を見つめる。そして――――。ああ、また雪が降り始めたよ、と思いながらため息をつく。
「ああ……。嫌だね、この季節は」
俺はまだ、あの事件を引きずっているんだな、と思いふけている。あの事件とは三年前のこの季節に起きた出来事。今のように雪が降っていた。
少年には恋人がいた。そいつはいつも笑顔で、一緒にいる少年まで笑顔になる程だ。少年より身体は小さく、可愛らしかった。綺麗な肩までかかる黒髪は、いつも甘い香りで満たされていた。髪に付けていた赤いリボンがとても似合っていたことを今でも覚えている。
そんな彼女は今はいない。いや、存在していないのだ。そう、三年前に出来た出来事はその事。彼女がこの世からいなくなったのだ。
原因は、「殺人」
何者かによって彼女、釘本 千代は、殺されてしまった。三年前、この町「月ヶ岡」で起こっていた無差別殺人、これに運悪く千代が巻き込まれてしまったのだ。
現在、犯人は捕まってはいなく、時効が来るまで逃げ回っているらしい。誰一人、犯人の顔を見ていなく警察も捜査に大変困っているのである。
千代を守りきれなかった少年、高原 大吾は、毎年必ず訪れるこの季節に苦しんでいる。何故、俺はあいつを守れなかった?なんて俺は無力な人間なのだろう、と頭を抱えながら思っている。
「くそ、ごめんな……。千代……」
千代の笑った姿を収めた写真を見つめながら、声をあげる。
すると、部屋の外から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「おーい、大吾?いるか?」
声の持ち主は、大吾の親友であり良き理解者である存在、小林 裕也だ。
裕也は大吾が返事を返す前に、勢いよく部屋のドアを開ける。
「よっす。あれ、もしかして泣いてた……とか?」
裕也は大吾の顔を見るなり、たずね始める。しかし、大吾は無言でそっぽを向いてしまう。何かを察したらしく、裕也は大吾の肩を軽く叩く。
「大吾…… もう泣くの止めろよな?千代ちゃんだって言ってたろ?笑ってるほうが幸せだよ、ってな」
軽く微笑みながら、話す。
無言で聞いていた大吾は、片手で涙を拭く。泣いたせいか、赤くなった目をしながら、口を開ける。
「分かっているんだが、この季節になるとちょっとな……」
「おいおい、だから暗くなるなって!千代ちゃんが悲しむぞ〜」
そう言うと裕也は、大吾の腕を引っ張りながら窓の外を見る。すると、先ほどまで降っていた雪が止んでいた。
裕也はそれを見るたび笑顔になり、話し出す。
「ほら、雪止んだから外に散歩いこーぜ!気分転換に、な」
大吾が返答する暇など無く、裕也の思惑通り街に出かける破目になってしまった。当然、納得のいかない大吾はムスッとしている。それを見た裕也は笑いながら肩を抱く。
突然の行動に戸惑う大吾だが、すぐさま裕也の肩を取り、口を開ける。
「何のつもりだい?裕也君?」
怒りの意を込めて、君呼びで話す大吾。大吾が怒るのは仕方ない。悲しんでいるところを勝手に見られ、それだけでなく寒い冬の外に出されたのだ。
睨みながら、話す大吾に裕也はすまなそうな表情を浮かばせながら話し出す。
「いや、悪い悪い。まさか怒るなんて思ってなったからさ…… ただ俺は大吾を元気付けようとだな……」
「……。お前の意図は分かった。だが、勝手に侵入して来た事は許せないんだが?」
「あ〜、悪かった!だから、散歩しようぜ!な」
呆れた大吾は、軽くため息を吐き、歩き出す。それを見た裕也は満面の笑みを零しながら大吾に付いていく。
先ほどまで降っていた雪が、街を白銀の世界へと変えていた。だが、街の活気さは普段と変わらず賑わっている。特に商店街付近の賑わいは、気候にかまわず盛り上がっている。
今日は、月に一回の「商店街感謝デー」であるから、というのが一番有力だろう。「商店街感謝デー」とは、店の商品の価格が二十パーセントオフになるという主婦にとって最高な一日であろう。
そんな商店街を歩きながら、ふと思う。今、千代が生きていたらどうなっていただろう、と。千代は買い物が大好きだった。買い物している時の千代の目はとてもキラキラとしていた。特に「商店街感謝デー」の時は、とてもはしゃいでいたことを覚えている。
千代のことを考えながら歩いていたその瞬間、裕也が肩を叩く。驚いた大吾は裕也の方向に顔を向ける。すると、裕也は少し怒った顔で話し出す。
「お前、千代ちゃんの事考えてただろ?」
「な……何で分かったんだよ!!」
「顔に出てた。なあ、今は気分転換の時間だ。千代ちゃんの事は今は考えるなよ?」
それもそうだ、と思った大吾は無言で首を縦に振る。それを見た裕也は表情が標準状態に戻る。優しい笑顔だ。
再び、歩き始める大吾達。歩くたび鳴る雪を踏む音がとても気持ち良い。人ごみを歩きながら、商店街を抜けていく。
「なあ、大吾?いつもの場所に行かないか?」
「いいぜ。行くか」
いつもの場所とは、街のはずれにある公園のこと。昔、よく裕也と千代と遊んだ思い出の場所である。そこにはブランコ、鉄棒、滑り台など定番のものは一式揃っている。暗くなるまで遊んで、よく親に怒鳴られていたのが懐かしい。
昔の事を懐かしみながら歩いていると、お目当ての公園にたどり着いた。すぐさま裕也はブランコまで駆けていく。裕也に続いて大吾も後を追う。ブランコに座りながら裕也は口を開く。
「懐かしいな。このブランコ」
「ああ、よくお前が調子に乗ってブランコから途中で飛び降りてたっけ」
「そんなこともあったな。その時、千代ちゃんはいつもオドオドと心配してたっけな」
千代は人一倍心配性だった。裕也が何か無茶をするときはいつも千代が止めていた。良く言えば人一倍優しく、気にかけてくれていた。
裕也はブランコをこぎ始める。それと同時に大吾もブランコをこぐ。こぎながら裕也は話し始める。
「ここにいると、何故か千代ちゃんの事を思い出しちゃうな、大吾」
「ああ、何でだろうな」
「千代ちゃんはいつも俺達の傍にいたよな」
「ああ、そうだな」
「何で……いなくなちゃったんだよ……」
裕也の声が次第に弱くなっている事に大吾は気づいた。裕也は泣いている、声で分かる……。大吾はブランコをこぐのを止め裕也に声を掛ける。
「大丈夫か?裕也……?」
「ああ、悪いな……。 さっきは俺が千代ちゃんの事は考えるなって言ったのに……」
裕也は泣くのを止め、作り笑顔をする。そして、再び大吾の腕を引っ張る。
「さ、そろそろ帰るか。ここにいても悲しくなるだけだからな」
そういうと走り出す裕也。よっぽど悲しいのだろう。裕也の背中を見つめながら小さな声で呟く。
「今は、一人にしてやるか」
そう言い残して、ゆっくりと歩き始める大吾。裕也に追いつかないよう、ペースを遅くする。
商店街に入り、先ほどとは、うって変わって騒がしくなった。
再び雪が降り始める。それはとても冷たい雪。
大吾は急いで家に向かう。人ごみを避けながら走る大吾……。
だが、雪は更に強くなっていく一方。走ると雪が顔に当たってしまい、逆効果になってしまう。走り疲れた大吾は一度、その場で立ち止まる。ふと、息を吐くと白い雪と同じ色の息が出てきた。
「ふう、やっぱり冬は嫌いだ」




