霊王スパルダス出現
そこは一面、氷の洞窟だった。
冥王が傷だらけになり入ったひずみの先には「魔晶結界」と言うダンジョン型の部屋と通路で分けられた世界があった。
真っ白な床と天井に仕切られた何もない部屋には出入り口がありそこから次の通路につながっている。
構造はとてもシンプルで侵入者を迷わすためではない。シンプルすぎる。
一見雪国の自然の景色の様で実は部屋がしっかり作られている点で人口の建物内部とわかる。
ではなんのため作られたのか。
神殿などではない。壁に何の模様もなく置物もない。
それは「霊界」が足場も何もない世界であったため、そこにわずかに生物がすむためにこの建物を作ったのだ。
元々霊が住む冷たい世界「無の世界」であり、ここに地上からある生物が住むため作った迷宮型アジトである。通常の生物にはとても冷たい。
「はあ、はあ」
冥王はぼろぼろのマントを引きずり、息も絶え絶えで魔晶結界の中を歩いていた。
魔晶結界は雪と氷を合わせた材質で床や天井が作られており気温はひどく低い。
天井や床のところどころに尖った晶石の固まりがある。
これは刺さるとダメージを与える様に作ったものだろうか。飾りにも見える。
白銀の結晶に光が反射して光る。
殺風景な氷の景色の中結晶石だけがまるで観葉植物の様に存在感を放っている。
女性ならきれいだと言うかもしれない。
まるで中は雪国の寒い日の外を歩いている様な感覚で、ぐおんぐおんと言う台風の様な流れる空気の音が響く。
雪は降ってなくとも吹雪の様な音がする。獣の慟哭のような音だ。
生物がいる気配は全く感じられない不気味さがある。
客がうるさかった闘技場とは別で、空気の冷酷な音のみが冷酷に響く。
逆に「部屋」「通路」の形を取っているため人気がないのがとても不気味だ。
そして冥王が歩き3つの部屋と廊下を超えると扉があった。
すると扉の前で冥王は仮面をついに脱いだ。
その仮面の下には40代位の人間の男のような外見でいかにも歴戦を生き抜いた軍人のような顔があった。ベテラン兵士の貫禄があり、誇りがしわとなって蓄積したようだ。あごの力が強そうである。
髪は若い頃より少し少なくなっても健在、30代に見劣りしない。目付きにはけだるさと威圧感、冷酷さと闘争心、哀愁全てを持ち合わせていた。
頬には傷があった。
まさに勇猛な軍隊の総と言う感じでダンテのような卑劣さはあまり感じられない。卑怯さよりも暴力性は確かに感じ穏やかではないが、だからと言って自制心のない暴力だけの男などではない、1軍を率いている貫禄や年季があり統率力も感じさせた。
「これを取らなければ謁見は出来ん」
とつぶやき恐る恐る扉のホーンをおした
すると
「誰?」
と言うめんどうくさそうな怠け者の青年の様な声が奥から聞こえた。
冥王は声に答えた。
「霊王スパルダス様、冥王でございます」
「ああ、ブリガーニン君ね、いいよ、眠いけど」
またも眠そうな声だった。
(ブリガーニン君って……眠いって)
冥王は呆れていた。
冥王は扉の内側にはいり部屋の主にあいさつした。
これまで見せた事が無いほどかしこまっている。
「冥王ブリガーニンでございます」
丁重な挨拶だった。
冥王のこんな姿を見るのは部下にはなかなかいない。
前を向くとそこには5メートルほどもある巨大なソファーに横たわる巨大な人型の豚がいた。
何とスパルダスとは巨大なオークだったのだ。
肉の多い腹に甲冑をつけ巨大な口と鼻で「ふあああ」と息をする。
目つきは威圧的と言うより「意地悪」「めんどうくさがり」と言う形容がふさわしかった。
あまり威厳がない。
なぜ冥王がかしこまっているのか知らない人は驚くだろう。
「ふぁー」
スパルダスは背伸びをした。
冥王は内心あきれ果て馬鹿にされたような気になった。
謁見はいつもこうだが。
スパルダスは冥王に目をやり面倒くさそうに眼をこすりあくびをした。
やる気のない太い声である。
これが冥王より上に立つ存在には見えない。
「あーあ、どうしたの? お昼寝しようと思ってたのに」
気分を壊したと察して冥王はすかさずかしこまった。
「ス、スパルダス様、申し訳ありません、実は外の戦いで手傷を負い、回復したく戻りました」
冥王は失態報告に目を合わせられずひざまずき震えている。
「えっ、君に手傷を? 相手は誰?」
だるそうな反応の中スパルダスは少しだけ関心を見せた。
同情も少しだけあった。
彼なりの「よくやった」と言う気持ちか
冥王は報告が怖かった。
「実は、魔王の怪物体数体にやられました」
「えっ? あの保管しておいた?」
また少し関心を示した。
「はい、反逆者が勝手に動かしました」
「もしかして中島って子」
「はいそうです!」
「ああ、多分ルディンが彼にモストチルドレン計画を話したからだね」
「なぜそこで中島は反逆したんでしょうか」
「自分より上の存在が現れたからじゃない? と言うか彼全然すごくないけどさ。モストチルドレンに比べれば。彼らはそのうちこの世の支配者になる子供だからね。君が進めている地上侵攻をした後彼らに地上を支配させるんだからね」
「そ、そうだったのですか。モストチルドレンはそんなに大きな存在に」
「うん、なるよ。ところで中島が魔王たちを動かして君と戦った訳?」
「はい、ものすごい強さと勢いで。私も1体は何とか動けなくしましたが」
「ふうん、大変だったね。まあ反逆者の事はともかく早く傷をなおしなよ」
必死だった冥王と対象的に心配半分無関心と楽天半分だった。
スパルダスはとにかく落ち着いていてのんきであまり大事にとらえていないそぶりがある。
冥王は言いにくかったが2点目を報告した。
「は、もう1点、魔王の人間界の器であった小僧が意思を持ちそいつに」
「体を切られたの?」
「はい」
冥王は切られたマントや傷を見せた。
「えっ、じゃあディード君が乗り移っていた子供が意思を持って体を動かしてるの?」
「はい」
スパルダスはあごをさすった。
「でもそんなに強いんだ」
どこか馬鹿にしているようであまり重大に取っていない。
「はい、何故なのか理由はわかりません」
「ふふん、大丈夫僕にかかれば一瞬で終わらせるからさ。もうそろそろ来るよ」
その頃大翔と三夫は冥王の入った入り口から魔晶結界にはいり同じルートをたどっていた。体力がなくやっと歩く感じだった。
「ここまで冥王を追い詰めたんだ。取り逃がせないよ」
「僕も魔力を振り絞るよ」
2人は着々とスパルダスの部屋に近づいていた。