なくなった元気
朝のホームルームで担任、巣鴨は1人の青年を皆に紹介した。
生徒皆が注目している。
新しい人が入ってくる際の不安と期待は子供も同じだ。
黒板の前に立った青年はすっくと胸を張り、かつ一方で緊張とやる気が交錯していた。
生徒たちは「誰だろう、このさわやかで声の通りそうな生き生きしたお兄さん」と思っていた。
ただ好印象の比率の方が大きかった。
青年の明るくポジティブそうな雰囲気からだ。
巣鴨は言った。
「それでは紹介します。今日から教育実習にいらっしゃいました時任先生です。皆さんよろしく!」
青年は髪は真ん中わけでやや茶色かっている。
そんなに太めではなく贅肉はあまりないのだが、ひきしまった胸板は目立ちかつ胸を緊張ではなく自然に張っていて自信に満ちている。
人が好きそうな印象を受ける。
背は際立って大きくはないが、大きめの背広が鍛えた体によく似合い肩と胸の厚さが強調されている。
かと言って体育会そのままのイメージでもなく、顔はすごく大きいわけでなく太くもない。
一見文系ともスポーツマンともどちらにも見え人間としてバランスが良い。がさつそうではない。
頬が若いが少しこけていて肌にはややしみはあるが、スポーツで体力と自信、何より健全さや明るさ、爽やかさを身に付けている感じだ。
まさにこれからの未来に希望をふくらませた青年と言う感じだ。
「教育実習って?」
生徒から質問が来て巣鴨は答えた。
「そうまだ時任先生は完全に正式な先生ではありません。そのために正式に1人前の先生になるため学校に勉強に来たのです。これから先生や皆さんと一緒に授業をやっていきます。皆さん時任先生と仲良くしましょう」
時任は前に出て大きな声で挨拶した。
「はい! よろしくお願いします!」
また皆に少しでも好印象を持って貰えるような明朗でやる気溢れる挨拶を意識しアピールした。
すると大声が聞こえ響いた。
「はーいはーい!」
時任の挨拶に対し、皆を押し退けるように大袈裟に手を挙げ挨拶をしようとする少年がいた。
大翔である。
耳をつんざく、頭がスコンと抜けるような声であった。
クラスの中での時任の中での存在は際立っていた。
大翔は普段よりさらに明るい表情でだらしなく口を開け、立ち上がり身を前に乗り出して答えた。
昨日の事は本当に気にしてるのかとみな思っている。
確かに夜通し泣いたがそれで忘れてしまったようである。
時任はさすがに戸惑いながもストレートな反応が生徒から帰ってきて嬉しそうだった。
緊張を大翔が解いてくれたと意味に解釈した。
事実肩の力が少し抜けた。
お礼も込めて時任は出来るだけ良いこだと褒めるように挨拶を返した。
「おっ君は元気がいいね!」
と良い意味の解釈で褒める事を心がけた。
実は良い所を褒めるのは時任が常に心掛けている事である。
「はい!」
あまり「馴れ馴れしい、彼はずれている」と思わず、明るく元気な少年とプラス方向に解釈した。
そして内心では
(いやー明るい子が多そうで良かった)
と思っていた。
しかし実際は多いわけでもない。
暗い生徒ばかりでもないが。
さらに褒め言葉は続いた。
「先生は挨拶が元気な子が大好きなんだ! いいね、元気な挨拶は周りの人も元気にする」
と大翔の作った雰囲気に呼応し、高めようとした。
最初の雰囲気が良ければなじむのも早くなる。
大翔ははばかりなく馴れ馴れしいあいさつをした。
これもADHDの特性なのだ。
順番を押し退け馴れ馴れしく、割り込んでしまう。
「真崎大翔です。僕は新しい人との出会いが大好きです! 先生宜しくおねがいします!」
「おっ、自己紹介も良く出来てるねー」
こういう場面で戸惑いはあっても非常に好感的に受け取るのが時任のさわやかさと人が嫌いでないゆえんである。
もちろん時任は大翔の病気を知らない。
しかし、実際は「周りの人を元気にする」わけではなかった。
当然、大翔が昨日発したあの1言が原因で皆寒い気持ちになっていたのだ。
さすがにクラスメートたちは雰囲気理解しろとばかりに大翔を見た。視線が突き刺さる。
重い雰囲気だった。
冷たく白い目で、まさに「無言の圧力」と言う言葉がふさわしかった。
それだけではない。
多感な子供たちはこういう場で目立つ生徒も嫌うのだ。
それに鈍感でも感づいたのか大翔は急にだまり下を向いてしまった。
時任はそれに気づいた。
「あ、あれ、急に大人しくなっちゃったな」
(せ、先生、俺なんか悪い事言いました?)
と時任は担任・巣鴨に小声で耳打ちした。
「い、いや、ところで時任先生はフットボールをしていてスポーツマンなんです。だから声も大きいんです」
巣鴨は苦し紛れに話題を変えた。
「フットボール?」
再び空気が良くなったと時任は感じた。
「うん、先生はフットボールが大好きでした。皆は何のスポーツが好きかな?」
「ドッジボール!」
と他の生徒たちは答えた。
「そうか、じゃあ今度先生も皆と一緒にやろう」
何とか皆が1つになり良い雰囲気でホームルームを終える事ができた。
次の時限は美術だった。美術室に移動しての授業だった。
時任は初担当として皆の絵を見るのが楽しみだった。
絵は人の思っている事が反映されるため人間性をつかむには最適だった。
皆席に着き集中して絵を描いていた。
時任は副担任として見て回る事となった。
テーマはこれと言って決まっているわけではなく、自分が最近見たすごい、素晴らしいと思った物と言う事になった。
やはり、こういった場面で目立つのは絵の上手い三夫である。
気づかない内にどんどん綺麗な絵が描きこまれて行き隣の席の生徒達が覗き込む。
「上手いね」
「いや、そんなでも」
温和な返し方だった
照れと控えめさが両方あった。
決して偉ぶらないのが三夫の長所だ。
ひとりひとりの作業を歩いて見回っていた時任が、三夫の絵が思わず目に留まり気がつき思わず目を丸くした。
「これはうまい、うまいよ!」
と本気でほめた。
三夫は謙遜した。
「モデルが良かったんですよ」
「前の朝顔よりうまくなってる」
と他の生徒が言った。
「絵は習ってたとか?」
「いえ習ってはいないんですが絵日記で練習してるんです」
「へえ、絵日記描いてるんだ」
三夫は絵日記の事を打ち明けた。
「はい、毎日」
「それは偉いよ! 決めてやるのは偉い!」
これは、時任の興味を強く引いた。
時任は聞いた
「毎日描いてるとどんどん上手くなるでしょ」
「いえいえ、そんなでもないですが、でも毎日続けて違う絵を書くのは確かに力がつくらしいです。テレビとかで言ってました。半年前から書こうと思ったんです」
「何かきっかけはあったの?」
「大翔君の絵を描きたかったんです」
「え?」
ふいに沈黙が流れた。
時任も他の生徒もちらと大翔を見た。
大翔は反応しなかった。
三夫は続けた。
「僕は大翔君が走る姿を特に力を入れて書いています!」
「真崎君と仲良しなんだね! よかったな真崎君!」
と言って大翔にふると微妙な顔をしていた。
思いのほかつれない大翔に時任が戸惑っているため三夫は話を少し変えた。
「後日記は文なので絵にストーリー性を持たせようとしてます」
三夫はどのような狙いで絵日記を書いているか説明した。
時任が言った。
ちょっと大翔の事は脇に置いておいた。
「絵と文が一緒になってストーリーっぽくなっているんだね。先生も子供の頃書いたなあ。昆虫とか。」
「あっ昆虫も描きました。カブトムシ、クワガタ、蝶々」
「色々だね。昆虫、植物、前は朝顔だったんだ」
「はい、あそこに貼ってある……」
三夫は壁を指差した。時任はまたほめた。
「ほうこれは上手いな!」
「この前は止まってるものが良かったんですけど、今度は動いてるものを描きたかったんです。車とか歩く人とか」
「止まってるものと動きのあるものを描く違いは?」
「そうですね。動きのある絵は絵日記で時々描いてます。止まっているものは静である事が多いですが逆に動くものはすごくダイナミックになるように書いてます」
「じゃあ、走っている大翔君はうってつけだね」
ところがその一方で時任が後ろを振り返ると大翔はじっと筆が進まずふさぎ込んだ表情でいる。
いや描いてはいるのだが筆が遅く表情に活気がない。
時任は心配して声をかけた。
「大翔君、どうした?」
「あまり手が進まなくて」
明らかに元気がなかった。時任は励ました。
「焦らなくて大丈夫、時間は十分あるんだ」
「はい」
時任はつい三夫にばかり目をやり、大翔の事をわかってなかった自分を恥じた。
その雰囲気を察すると共に理解を促すため巣鴨は耳打ちした。
「彼はADHDだからこういった集中力が必要な作業が苦手なんだ。注意を対象にしっかり向ける事が難しく刺激やわずかなきっかけで注意が散漫してしまう。こういった作業を最後までやりとげるのは難しい。
普通の授業中でも我々の話を最後まで聞くのが難しく、その結果理解が遅れる。普通の子なら一瞬気を取られてもまたすぐ戻るんだが」
「そうだったんですか。何も知らずこのクラスに来てしまったみたいで……」
「前はね、当番を忘れて帰りさぼったと思われたり、友達との約束を忘れたり大変だったんだ」
「ご苦労をなされたようですね」
「まあ彼のご両親も大変だったろう」
大翔は深呼吸をした後ゆっくりと筆を進め始めた。
皆は三夫と違い大翔の絵には興味がなかった。
しかし大翔は珍しく集中して紙と向かい合っている。皆が噂をした。
(あいつ、落ち着きがないと思ってたけど、結構じっくり描くんだな)
やがて大翔は離れた場所に移動して絵を描き始めた。またおもむろに席を立った。
「どうしたんだ」
「……ちょっとトイレ」
皆は噂した。
(もしかしてあいつ気にしてる?)
(あれで気にしなかったらどうかしてるよ)
(ただ、まだあまり話しかけない方がいい)
時任は張り切って次の授業の司会をした。
「この問題わかる人」
「はい! はい!」
しかし大勢の生徒が元気よく挙げたが大翔は挙げなかった。下を向き元気なさそうにしている。時任は気づいた。
(どうしたんだ…さっきはあんなに元気だったのに)
テーマを掘り下げて書くためややスロースターター気味の序盤になると思います。
今後はさらに様々な本等を調べてリアリティーのある話を加えたいと思います。
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