徒競走
今日の徒競走の競技方法は5人組で1番を決める方式だ。
生徒たちは列順に笛の合図で次々走り、やがて優劣が決まる。
1組が100メートル走り終わるのに18秒ほどかかる。
その様子を落ち着きなく、自分の番は今か今かと大翔は待った。
落ち着きがないのも症状なのだが。
それほど彼は走る事が楽しみなのだ。
心がこの上なく燃えるのだ。
子供っぽく言えばわくわく感と言うのが適切か。
いや、それだけでは表現出来ない。
公式戦でない体育の授業でも彼には走る事が全てと言って良い。
それほど短距離走への思い入れは強い。
9歳にして人生の全てを賭けている。
彼は待ちながら心のエンジンをかけ続けた。
しかし、彼は自分の番を待つだけでなく、他者のレースもきちんと見て楽しみ声援を送った。
決して自分の事ばかり考えているわけではない。
そして来る自分の番に備えた。
心の中が熱かった。
暖房から激しい炎へと心の色と温度が変わる。
僕が一番熱くなる瞬間だ、と思った。
その横で運動の出来る少年、若井は体をならした。
少年は大翔を警戒した。
あいつが相手か、と。
そして大翔のレースの番が回った。
大翔は靴のひもを結びこれまでとは180度違うちがうきりっとした表情でゴール方向を見据えた。
心のアクセルが高鳴る。
どんどん加速し心臓の音が大きくなった。
その真剣な目つきは周りに緊張感を与えた。
先ほどまでと違う非常に鋭く強い目つきだった。
そして
「スタート!」
の掛け声。
ついに始まった。大翔は飛び出し一気にトップに立った。
それを俊足若井が追走する構図となった。
いや他の生徒も負けてはいない。
しかし大翔が頭ひとつ抜け出した。
大翔は全力で走った。
わき目も振らず。
「うおお!!」
身体にオーラが宿るようだった。
その姿に他の生徒もぐいっと見やった。
皆が彼の姿に魅入られていた。
大翔は速い、とにかく速い。
大地を蹴り大きく股を広げ膝を上げる。
これを高速で繰り返す。
気迫を上乗せする。
独壇場である。
速さも存在も。
まるで弾丸だ。
三夫も思わず引き込まれていた。
手に汗を握り体が震えた。
「これだ! これが僕の知っている、走る大翔君なんだ!」
その姿は紛れもなく、三夫の絵の中にいる少年だった。
闘志をみなぎらせ渾身の力で両手両足を振り、ただひたすらにゴールと言う名の到達点を目指す。
誰にも負けたくない、負けてたまるかの意地と気合が奏でる表情。
絵と違い動いているから数倍躍動感もあるし、目も輝き生きている。
大翔は
走るのが好きだ! 誰にも負けたくない!
と心で叫んだ。
僕は走る事は皆とずれてないんだ!と思った。
そして大翔は最後まで走り切り、トップで他の4人に差をつけゴールした。
圧倒的速さだった。
「やった!」
と大翔は喜んだ。
三夫と宮田が祝福の声を上げ、笑顔で大翔は答えた。
そこへ少女がかけよってきた。
クラスのマドンナ美咲であった
「おめでとう、大翔君」
「ありがとう」
大翔は思った。僕は風のように速い一番の男になるんだ!と。
最初から最後まで目立っていた。
三夫は日記に今日の出来事を書いた。
「彼はドジで子供っぽくて変わってるけど運動神経はすごいんだ」
2月10日改稿。お読みいただきありがとうございます。宜しければブックマーク及び評価をお願い致します。