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絵日記と少年

 三夫は絵日記を開いた。


「僕は絵日記を書くのが日課だ。その中でも毎日必ず日記に出てくる人がいる」


 三森三夫は東京の公立小学校に通う小学4年生だ。

真面目でおとなしい優等生的な雰囲気が外見やしぐさから伝わる。 


 真ん中わけの髪はやや広いおでこの両サイドを隠している。

小さめで澄んだ瞳に、やや閉じたまぶたが落ち着いた感じと暖かい眼差しの両方を作っている。


 日記書きが好きと言っても、インドア派独特の暗い雰囲気でなく朗らかさと穏やかさのある好印象を与えている。


 服は黄土色のパーカーを来ている。 

やや小さめ、細めの体で椅子に姿勢よく座っているが、その机の上に彼の絵日記がある。


 開くとどのページも絵と文がびっしりある。

その中でおもむろに彼が開いたページには1面、非常に存在感のある少年の絵があった。


「10月10日.タイトル『走る少年」

タイトルの下には運動会で圧倒的なインパクトで走る少年の絵が描かれている。


 少年のすさまじい形相と全身から発する気迫、飛び散る汗、及びスピード感等多くの事を感じさせる絵が一杯に斜め45度から描かれている。


 まるで、『風をまとう』、か『切る』様な足の速さ、走る才能を感じさせる少年の姿である。

 

 また同時に気持ちの方も「何者にも負けたくない」と言うほど紙からにじみ出ていた。

 

 少年は猿と小熊を合わせたような顔立ちをしている。

髪の毛が少し少なくあまり整えられておらず、無造作だ。

頬が大きい。


 のんびり屋な印象で目が合うとこちらまで呑気な気持ちになる、そんな眼力を持った目だ。


 しかし反面、走っている時の表情や体の動き全体はうってかわって激しい闘志に満ちている。

のんびりした外見と気迫が生むギャップがいわば2面的印象も見る者に強く与えている絵になっている。

 

 三夫の画力も相まって。


 彼の名は真崎大翔君、と三夫は友人である絵の中の少年の名前を心でつぶやいた。

「真崎大翔」そう、それが彼の名前だ。


 彼は僕の親友、走る事が大好きだ、と三夫は再度心でつぶやいた。

三夫の日記には真崎大翔は多く出てくる。

それは三夫が彼を書く事が好きだからだ。

 

 ところで、やはり三夫は絵が上手い。

小学4年としてはかなりのものだ。


 対象物をうまく捉えて中心に据え、背景と関係性を考えながら遠近法や考えた色使いで主役を際立たせる。


 かつディフォルメ的に仕草や表情を絵本や漫画的に強調するのも上手い。

芸術、絵の才能があると言っていいだろう。


 ただ一方、その絵のモデルの少年、真崎大翔の雰囲気は少し変わってはいたが。


 変わっているのだ。

確かに。

雰囲気と言うか色々と。


 だらしなく口を開けたままだったり、またはどてどて走っていたりする。

口元がきっとせずぐらぐらしている。


 手を振りながら横を向きマラソンする絵もあり、それらは少し見る者に自意識過剰な印象も与える。

一見のんびり屋のように見えて、反面目立ちたがり屋的な2面的印象も受ける。


 目はやや垂れ気味で、逆に瞳は透き通りはっきりしているがほわんと上向きだったりもする。  

背は少し低め、足はあまり長くない体格だ。

それら外見からも人格は雰囲気的に一見温厚な印象を受ける。


 その絵からも判断するにどうも彼には周りにどう見られているか理解や意識がない振る舞いが目立つ。

 

 しかしそれでいて人格は「悪人」ではない。

そういった印象だ。


 身だしなみや仕草から少しだらしない印象も与える。

 

 対照的に三夫は髪は硬すぎない髪型でさらさらしていて清潔感ある印象を与える。

彼は絵と国語が得意で、まさに絵日記はかれにうってつけの日課である。


 しかも継続力もある。休まない。

また彼は控え目で絵を他人に見せびらかさない。


 だが、反対に三夫の日記に出る真崎大翔は明らかに異質で個性的だった。

目立ちたがり屋だ。


 三夫は日記を見ながらちらりとおもむろに教室内にいる彼を見た。

その大翔少年は休み時間にこにこし手を振り歩いていた。

彼は茶と白のセーターを着ている。


 彼が何が楽しいのか他人からはよくわからない。

はたから見ると異様であった。 


 彼は満面の笑みで手を振りながら会う人毎に

「やあ」

とゆっくり手を振りあいさつしていった。


 選挙活動をする政治家のようだ。

その笑顔がだらしない。

にやけている。

 彼は額はてっぺんが眉毛から7センチほどで広めである。

頭の形はみかんの様に緩やかな曲線を描く。


 彼の仕草を他の生徒は少し気味悪がっている。

どう言葉を投げかけるべきか。

避けられそうだ。

しかし本人は気持ち悪がられても気づいていない。


 大翔自身の受け取り方は違った。

みんな僕に挨拶を返してくれる、挨拶ってするのもされるのも何て気持ちが良いんだ、と心の中で思っていた。


 それを見た三夫は微笑みを浮かべ心でつぶやいた。 

彼は色々少し変わったところがある。しかし良いやつだ、と。


 絵日記をめくると大翔が山登りでばてている三夫の手を引っ張っている絵や重い荷物をわけて運んだりしている絵があり、三夫はその時の事を思い出していた。


 三夫の中では何回も大翔の良い面を見て知っている認識だった。


 しかし………

大翔はクラスメートの女の子に


「今日も良い天気ですね」

にこにこしながらあいさつがてら言った。


「う、うん……」

と女の子は戸惑っていた。

「毎日暑くて空気がおいしいですね」


 三夫は感じた。

何か温度差に気がついてないな、と。


「彼病気らしいよ」

近くの女生徒が小声で噂した。

切るような響きにも聞こえた。


 これが三夫の耳に入った。

そ、そうなんだ……と言葉や言い方の鋭さも含め三夫は認識不足を恥じた。

急に深刻になった。


 三夫自身は大翔を「明るい面白い人」と自分では思っている。

しかしそれは無知かつ無神経で残酷な物の見方だ。

自分はもう小学4年生なのだから他人の事情をもっと理解しなければならないと思った。


 女生徒達は口々に噂した。


「真崎君て『アスペルガー症候群』『ADHD症』って言う病気で、落ち着きがなくてじっと座ってられなかったり、よく歩き回ったり、体がいつもそわそわしたり、静かに遊んだり出来ないんだってお母さんが言ってた」


「忘れ物したり、おしゃべりばーっとしたりもする事やあと課題を途中でやめたりもするって」


「で、人の話を聞いてない所もその病気なんだって」

 三夫は聞きたくない事を聞いた気持ちになった。

明るくひょうきんなんだけどなあと三夫は思った。


 三夫の言う通り大翔は人を笑わせようと色々やる。


 例えば、節分の時鬼のかぶりものをして

「鬼です、鬼です」

と言ったり


 大きく口を開けて迫り

「鮫ですシャーク」


 掃除の時に大きなちりとりを持ちながら進み

「ミサイル重戦車だぞ」

と言ったりする。


 そしてガッツはすごい。

「根性、根性、ど根性!」

と彼は口にして歯を食い縛り体を力ませる。


 それら一連の行動を三夫は「人を笑わせるため」「ひょうきん」

と捉えていた。

ただの寒いギャグかものまねだが……


 と思っていたら突然、大翔は掃除して間もない、水に濡れた廊下でつるんとすべった。

「う、うわーうわ! どわあああー」


 とんでもない事件が起きたような叫びにクラスはなんだと騒ぎになった。

少しすると「ああいつもの事か」と呆れたため息に変わったが。


 何が起こったのかと言うような大袈裟なリアクションですべり周囲を巻き込みそうに尻餅をついた大翔に三夫が駆け寄る。


「大丈夫?」

「いてて」


 転んだ大翔は頭を掻いている。

痛そうだったが怪我はない様である。

回復が早そうな印象を受ける。


「ほら、大丈夫か大翔?」

三夫の他に少し体の大きい元気そうな少年がかけより手を取った。

彼は体が大きくスポーツも出来そうなたくましい雰囲気である。

ややぼっこりおなかだが鍛えられてもいる。


 ごつごつしたじゃがいものような丸くぼっこりした武骨な顔とやや太く贅肉だけでなく筋肉もある。がっしりした体つきのクラスのリーダー的イメージがある少年だった。


 しかし割と朴訥としていて乾いた印象を与える。なんというかあまりいばらなそうで大きくでなさそうなのだ。


「ありがとう宮田君」

宮田と呼ばれた少年は言った。

「俺、ちょっと大翔のフォローするのつかれたよ」


 少しあきれ顔でため息をついた宮田に三夫は言った。

「あ、ああ大丈夫だよ! 後は僕が……」


 しかし大翔は自分が迷惑をかけたからかしょんぼり背を向けさった。

さすがに三夫はまずいと思った。


 三夫は励ました。

「ドンマイドンマイ! 次は大翔君の得意な体育じゃないか!」


「そうか!」

と大声で大げさに振り向いた瞬間、大翔はまたすべった。


「どわああああ!!」

そのまますべり壁に激突した。


「あいつギャグ漫画の主人公か?」

「ひょうきんだなあ」

「いやひょうきんていわんだろ」

三夫に宮田が突っ込んだ。


 三夫の言う通り、次の時間は体育だった。

今日は徒競走だった。


 

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