恐怖の体育
大翔は恐る恐る呼びかけた。
「灰人太さんですか」
「はーーい……」
灰人は幽霊のような声を出した。
意気消沈してすべての力を失ったようなさびれてしまった座り方である。
青春に影あり、どころではない。
変な薬を注射された精神患者のようだ。
大翔は怖がりながら必死にコミュニケーションを取ろうとした。動作があたふたしている。
「灰人さんは1年生からこの学校にいたんですか?」
「ははははあーい」
どうしたらこんな壊れた楽器のような声が出るのか。
気の抜けた魂の抜けた声だった。大翔はどうしようかと思った。
(どうやって場を取り繕えばいいんだ)
「あの真崎大翔と言います! 転校してきました! これからお世話になります。あ、あと部屋の掃除僕がしますから!」
と言って大翔がほうきを手にすると灰人はまた幽霊のような声で
「ぼ、ぼぼぼぼ僕は、少し部屋が汚い方が落ち着くんです。だから片づけないで。片づけられると頭が! 頭が! 」
「わわわかりましたこのままにしておきます! ちょっと外へ」
これはまずいと思った。
大翔はいてもたってもいられず管理人の所へ行った。
「えっ? 灰人君? うん、しばらく前からそうなったの。今は学校も行ってないわ。親が体を強くしてほしいってこの学校に来たんだけど、どうやらスケジュールや雰囲気についていけなくて心を壊しちゃったみたい」
「そんなにすごいんですか?」
「うん特に体育の授業が凄いらしいのよ。それと何て言うか規律とかが」
次の日の朝校庭で朝礼が始まった。
竹刀をもったいかつい体育会教師が司会している。しかし顔つきは数学教師的だ。
それが妙ないやらしい印象を与えた。
他の生徒が大翔に小声で耳打ちした。
(新人、この学校の朝礼は初めてにはきついぞ)
(えっ?)
「前へならえ!」
の号令と共に生徒たちはポーズをとった。一見全く隙がない隊列に見える。
しかしこれが司会の教師には気に入らなかった。
いきなり列に入ってきた教師は生徒の1人を怒鳴った。
「前へならえがたるんでいる!」
(ひええ……)
大翔は怯えた。
「次に校歌を歌う!」
すごいテンションである。
何故こんな大声で言うのか。
校内放送がかかり一斉校歌となった。
「あたらしい青春はきぼーうのあさからはーじまーる!」
「声が小さい、貴様も貴様もだ!」
教師の怒鳴り声が響きもう一回歌う事になった
「あーたーらしーーい青春は!」
また教師が嫌な顔で今度は大翔の横に来た。
大翔はあせりながら聞いた。
「あの何か……」
「歌が下手すぎる!」
これはひどいと思った。
「そ、そんな! あーたーらし-い」
「反復しなくていい練習して来い!」
ひどいと感じながらも解放された気持ちだった。
「はー終わりか」
「でその体制のまま反復横跳び50回!」
「えっ! そんなに?」
大翔はさすがに驚いた。
これで普通なのだ。さらに
「その場でジャンプしながら手足を開く。50回」
(これ朝礼か……)
「何か言ったか!」
「いいえ何も!」
びくびくしてとても言い返せなかった
かくしてジャンプは終わった。
「次は馬跳び50回!」
「えええ!」
馬跳びは続いた。
「はあしんどかったあ……」
戻ってきた大翔は机でぐったりしたがに昨日の少年が声をかけた。
「どうした新入り、本当にきついのはこっからだぜ」
「番取君……」
そして有名な体育の授業になった。
「体育と言うのは心技体である!日本古来の武道とは敵を倒さずにていかし……」
(暑いのに何て前置きの長さだよこの先生)
「次に準備運動のランニング!」
皆が一斉に隊列を組んで走った。
(3周くらいかな……)
とたかをくくっていた大翔だったが3、4周しても終わらない。
(5周かな……)
しかしついに6、7周に突入した。
(何周だよこれ)
「まだ4分の1もやってないぞ!」
「まさか!」
「30周だ!」
まさかだった。
準備運動で30周である。
しかし文句を言う勇気もなかった。
ついに大翔は30周走った。
しかし他の生徒はまだ余裕がある。
「準備運動に腕立て50回!」
「スクワット50回!」
「終わった!」
「次は反復横跳び!」
すぐに次が来る。
「朝と同じだ」
もう嫌気がさしていた。
「さらに短距離往復ダッシュ!」
まるで他人事のように言う。
これは大翔にきつかった。
前の学校ではあまりやらなかったからだ。
「はあ、はあ……」
「ではメインイベント!全力ダッシュで1番になったものから抜けていく!」
大翔は聞いた
「えっ! じゃあ1番になれなかったらまた最初から走るんですか!」
「もちろん!」
大翔は久々の短距離走に熱くなった。
「うおおお!」
猛然と最初からダッシュをかけた。
「あいつすごいぞ!」
他の運動の今までの疲れから大翔はスピードダウンし、追い抜かれてしまった。さすがに大翔はダウンしたが番取が助け起こした。
「大丈夫か」
「番取君……」
「最初にしてはよく頑張ったじゃないか」
(番取があんなに速く認めるなんて)
皆は噂した。
「はあ今日の休み時間はやすんでよう」
「新入り! ドッジボール行くぞ!」
「ええーー!」
「何言ってんだ。それじゃハイパートライアスロンに勝てないぞ」
「ハイパートライアスロン?」
へとへとになりながら寮に帰ってきた大翔を灰人が待っていた。
「お、お、お帰り……」
(はは……この幽霊みたいな声で言われると余計疲れるな……)
その後大翔はバタンキューで寝た。