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最速のライバル転校

11月24日文章の体裁を訂正しました(セリフ、内容は変わらず)「」内の!が開いている部分がありました。



 学校の前の長い坂道。

坂の角度は18度。駅からの道を曲がると400メートル近い傾斜が学校まである。

陸上部は朝からランニングしていた。

 

「えっほ、えっほ」

汗が流れ吐息が漏れる。

 

 小学生にとって早朝から長距離走るのはきつい。

確かにきつい。距離が伸びる程呼吸は荒くなる。


 しかし彼らにとってはそれが喜びでもあり自分への試練でもある。

部活はみなそうだが。

やりとげる事、そしてきつい努力がやがて身を結ぶのである。 

精神も肉体も。


 ところが、である。


 その陸上部が必死に走る最中、通学路と言う道に一陣の風が突如吹き抜けた。


 それは「疾風」

 まさに「疾風」だった。

風が生徒達の横を瞬時に吹き抜けて言った。


 その「疾風」、それは足がとても速い人間であった。

皆の目にも止まらない。


 突き抜けるようなスピードで後ろからどんどんと登校中の他の生徒を追い抜いて行く少年。

本当に小学生なのか。

皆疑いながらも目を奪われた。

自分の横に吹いた風に。


しかしじっと注目をされる間もなかった。それくらい速い。


 陸上部と同じくらいの年の少年だった。

しかし部外者のはずながら陸上部より速い。

凄まじいスピードと存在感。

速い、速すぎる。


 部外者でありながら陸上部の存在感を凌駕している。

その風のように俊敏な人物は


「朝から陸上部の人たちは活気があるなあ」

と感心してうわさをしていた生徒達のその横をすごいスピードで駆け抜けた。


「な!」

と彼らに驚く間も与えなかった。

疾風とはこのようなものを指すのではないか。


 追い越された生徒たちはその人物のあまりの速さを知覚、認知できず、


「速い上にでかい」

「マッハの速さだ!」

「正体不明の彗星」


 と評するのがやっとであった。

それを聞いた人の1部は

「いつの時代の表現だよ」

とも思っていた。


 そしてその人物は陸上部の生徒たちに並んだと思うなり追い抜いた。

「だ、誰だあいつ!」

「何者だ!」

さすがに陸上部員たちは動揺した。


 走る事なら学校でトップのはずの自分たちが今まさに迫ってくる謎の少年に追い抜かれている。

プライドから言ってその現実は受け止め難かった。


「ぶ、部外者に追い抜かれてたまるか!」

「皆、追いつくぞ!」

陸上部員たちはいきりたった。マラソンと言うよりダッシュに切り替えた。


 しかしさらにその人物とは陸上部が頑張る程悲しくも離されていく。

部員にとって自分の存在が否定されるような出来事だった。


 ところが、思い切り目を奪ったと思いきや、校門の前でその少年は突如膝をおとし靴とすねをつかみ一息ついた。

この意外すぎる行為が周囲の空気を一変させる。


 さっきとは少年の周囲が嘘のように静かな雰囲気になった。

皆注目した。


 静と動の差やギャップがすさまじい。

とは言え「静」にも強い存在感があり目をひいた。


 いやあれだけ速かった少年が息継ぎをしている事に強い人間らしさが出ていた。


「ふう」

と少年は紐を結び終え立とうとした。


 ところが、である。

「おーい!」


 と後ろからすさまじい声で全力疾走で追いかけてくる生徒がいた。

振り向いた少年はぎょっとした。


 な、誰だ!? と。


 振り返るとそこには全力疾走してきた大翔がいた。

当然彼は陸上部を追い越していた。

少年はな、何だこいつ、と思った。

大翔は完全に陸上部を超えていた。

そして圧倒的存在感で皆の目を奪った少年に唯一対抗した。


「はあはあ」

大翔は少し息を切らしていた。

少年はよく観察し思った。

「のんきそうな外見なのにすごいスピードだ。それにそんなに息を切らしていない…」


 少年に追いついた大翔は膝に手を当てて息を切らしたあと、ポケットから何か出した。


 少年は、ん? と感じた。

少し大翔の行動に疑心暗鬼だった。

大翔は何かを渡した。

「これ、君のだろ? 落し物」

「え……」


 それはハンカチだった。

あっと思って少年はポケットに手を入れた。


 大翔は安心した。

「やっぱり君のだね」

「あ、ああ……」

少年は感謝と言うより戸惑いを隠せない。

ありがとうとでかかった。


 大翔はあまり疲れず言った。

「しかし君走るの速いねー、追いつくの大変だったよ」

「い、いや……」

少年は何と答えていいか分からない。

大翔は手を振った。

「じゃね! 僕は世界一空気の読めない男だ!」


 と言って大翔は去って行った。

さすがに少年は呆気にとられた。

「世界一空気が?」


 どういう意味なのか彼の常識で測りかねた。

そんな言葉聞いたことがない。彼の辞書にない。

それが彼の頭に深く残った。


 その後、大翔のクラスは転校生の話題でにぎわっていた。

そして朝のホームルーム。

巣鴨とともに教室に話題の少年が入ってきた。


 何と、それは朝の走った少年だった。

(あっ)

と大翔は目があった。

少年も気づいたようだ。


 何か運命を大翔は感じた。

「はい席について、いいかな?」


 巣鴨の隣に彼は来た。

緊張よりも堂々としていた。


 髪はドライヤーで鋭く長く手裏剣の様に立ち上げ硬く固められている。


 瞳は鋭く冷たい様で気迫や威圧感も同様に感じさせる、何より目だけでなく全身で。堅物で近寄りがたく、鋼鉄のようなイメージと髪型の独特さが彼の雰囲気を作っている。口元に緩みはない。顎は細い。

頬の堅さが鉄の様だ。


 またがっしりした上半身、しかし無駄な贅肉はない。やせ筋肉型だ。見事に絞られている。


 何でこんな所にいなきゃいけないんだと苦虫を噛み潰したような早く席につきたい面倒臭い顔をしているが恥ずかしさの裏返しにも見える。


「でかいしかっこいい」

「運動できそうだなあ」

と生徒たちは感心した。


 そして巣鴨は紹介した。

「今日からみなさんのお友達になる望月一馬君です」


 少年は無愛想だったがわずかに微笑み会釈した。

この笑み具合が微妙だった。表情に絶妙のアクセントを与え親しみに繋がった。

 

「望月一馬です。宜しくお願いします」

望月君か、と大翔は胸に刻んだ。


「あれ、服の下のシャツが膨れてない?」

とある生徒が気づいた


「ああ、これですか? ええと……すみません」

割りと説明が優しかった。

そう言うと一馬はおもむろにシャツを脱いでみた。

「おおっ!」


 いきなりクラスがわいた。

一馬の体には各所にサポーター、重りがついていた。

みながざわめいた。


「すごい……」

「何かスポーツやってるんですか?」

生徒の1人が聞くと一馬は答えた。


「陸上をやっています。100メートル走が得意です。僕は誰よりも速く走る男になりたくて努力をしています」

「へえーっ」


 また真面目顔に微妙な笑みを交えて答えた。

これが妙に皆の印象に残った。  


「彼笑顔が微妙ね。何か微妙に優しそう」

と女生徒が言った。


 すかさず、かつ不意に一馬は聞いた。

「このクラスで1番徒競争が速いのは誰ですか?」

「えっ……」


 それは皆聞かれたくない事を聞かれた反応だった。

「あ、あれ静まり返っちゃったな……」

時任が言うと生徒の1人が言った。


「宮田君がいいと思います」

と言い指差した。

それを聞き一馬は宮田に目をやった。


 しかし宮田は微笑しながらも

「あ、いや俺最近スランプでね……今1位なのは」

 そういって宮田は大翔を指差した。

「あいつさ」


 大翔は指名を受け驚いた。


 すると一馬は突然、巣鴨が言い終わるのも聞かずつかつかと教室の後ろの方へ行った。皆が呆然とする中、突然大翔の前で歩を止めた。


「な、何だ。」

と皆が言う中手を差し出した。


「さっきはありがとう」

 さすがに大翔も少し戸惑ったが、やがて照れながら笑顔で答えた。

「いいや、それほどでも……世界一空気の読めない男、真崎大翔です」


 自虐的すぎる……と皆思った。


 しかし一馬はしょうもない冗談を馬鹿にせずまた微妙な笑顔で言った。

「今度、僕と勝負しないか?」

「え……」

「君はとても速そうだ」


「……よ、宜しく!」

最初は戸惑っていたが大翔はやがて強く握り返した。

「微妙な笑顔のナイスガイ君!」

今度は他人に変なあだなつけてるよと皆あきれた。


 その頃学校近くの路地で

「あれえ道に迷ったかな」

ほうきに乗った三角帽子をかぶった大翔たちと同じ年くらいの少年は低空飛行していた。


 衣装を見ただけで明らかに人間界の人間ではないとわかる。しかし子供に目撃されてしまった。


「ま、まずい」

「ねえ、なんで飛んでるの?」

すかさず少年は飛んで逃げた。


 休み時間、大翔と宮田は2人でトレーニングをしていた。

タオルを2人で引っ張りあったりストレッチをした。


 宮田が大翔の走るフォームをチェックした。

「よしもう少し背筋をのばして……」


 そこへふいに一馬が通りかかり話しかけた。

「2人で何をしてるんだい?」

宮田が答えた。

「ああ、時々こうしてランニングの練習をしてるんだ。おれは彼の専属コーチなんでね」


 一馬は

「やっぱり、2人とも走るのが速そうだ」


 しかし大翔は肩を落とした。

「どうしたんだい?」

宮田は説明した。

「あ、いやこいつちょっと色々あってね。少し落ち込んでるんだ」


 一馬は礼を言った。

「さっきはあだなを付けてくれてありがとう」

「あだな職人と呼んでください」

また良く分からない事を言った。


 一馬は微妙に優しく言った。

「何があったのか良くわからないが大丈夫かい?」


 3人は話し合った。

「実はこいつがある言わない方がいい事を言ったために皆に反感買っちゃったんだ。でほらドッジボールにも入りにくくなっちゃった。時任先生は助けてくれたけどね」


 一馬は言った。

「新入りの俺が言うのもなんだけど、俺が皆に言おうか?」 

顔が険しい。皆が大翔に冷たくした事を怒っているようだ。


 大翔は戸惑いながら正義感の強い人だと感じた。

「ええ、いいよ、君は転校してきたばかりだしあまり余計な事を言わない方がいい、うん」


 と宮田が答え終わった後

「わかった、俺競争受けるよ!」

と大翔はふいに答えた。


「大翔……」 

と宮田は心配した。

「大丈夫、少し落ち込んでただけだ! 声をかけてくれた一馬君の気持ちに答えたい、練習に付き合ってくれた宮田君にも!」


「ありがとう」

また微妙な笑顔で一馬がそういうと

「おっ、少し元気が戻ってきたみたいだな、一馬君のおかげだよ」

「あ、いや」

彼は照れも「微妙」だった。


「じゃあ二人が同じ組になれるよう先生に頼んでおくよ」

そう言って一馬は去った。


 そして5限目の体育の授業がやってきて大翔と一馬は同じ組で走る事になった。

皆噂していた。大翔が走るの見るのあの一件以来じゃない? なんかあれ以来1人で頑張ってたもな。もしかして罪滅ぼしの為? 俺もう許してもいいんだけどな、と。

大翔は拳を熱く握っていた。


 なんだろう、この熱い感じ。久しぶりに走るからだろうか、一馬君が相手だからだろうか、でもあの日以来失われた気持ちが蘇ってきたみたいだ。宮田君、三夫君、樋口君、嫌な気持ちにさせた人や心配してくれた人の気持ちに答える、と思った。


 そしてついに2人の番が回ってきた。大翔は一馬を見た。

一馬の並々ならぬ威圧感に少し押された。


 彼普段は結構いい奴だけどこうして並ぶとすごい気迫だ。ゴールだけでなくもっと先を見ている目つきだ、と大翔は思った。


 そして2人はラインに並んだ。

俺は変わった人間だ、だから自分が1番になれる時は走る時だけだと大翔は思った。


 それを魔法使いの少年は上空から見ていた。

へえ、面白そうな勝負だな、と。


 スタートの指示と共に2人は走り出した。

時任が応援する。

頑張れ真崎……と。


 最初の内は大翔は完全に無我夢中で一馬の事が見えていなかった。とにかく精一杯、無我夢中で本来の自分を取り戻したかった。


 しかしこれが良くなかった。

飛ばし過ぎでペースを守らず、また相手の様子を伺う事もしなかった。しかしそれは徐々に変わった。いつもとは違う感じを。


 大翔は、なんだこの熱、と感じた。

それは一馬の熱気だった。


 すさまじい熱い空気が大翔に伝わりそれが自分しか見えていなかった大翔に一馬の存在を自覚させた。


 す、すごい……この学校で走った相手でこんな相手は初めてだ! と。


 大翔は一馬の熱気にまるで車の車体を横から付けられ押し出されそうになっている車の様だった。


 しかし、押し出されない! と食い縛った。

大翔は体をしっかり保ちさらに一馬のように相手に気迫を放ってぶつけられないかと思った。

うおおおお! 押し出されてたまるか

こいつ! とぶつかった。


 一馬は大翔の身体から自分と同じような闘気が出ているのを感じた。しかし一馬のよりは弱かった。

それは大翔は今まで相手を威圧する走りをした事がないからだった。

追い抜かれる!と思った。


 さすがに気迫負けし大翔はおいぬかれた。しかし皆は声援を送った。

「大翔頑張れ!」


 皆が俺に声援を!と思った。


 気を取り直した大翔はさらに気迫を振り絞り追走した。

これまでに見せた事のない鬼気迫る顔だった。


 それは相手を憎んでいるわけではない、自分の存在証明と皆の声援に答えるためだった。


「すごい顔つきだあいつ!」

皆が騒いだ。


 一馬はほんの少し動揺した。しかし

やるな、だがこれくらいの激しいレースは俺だってやっている! と思っていた。


 さらに大翔はフォームが崩れてもついて行った。宮田は

「ああ、フォームが崩れている」


 一馬は経験豊富なのか大翔がすごい気迫を発しても最後までペースを維持した。


 大翔もラストスパートしたがもう体力がなかった。そして

「ゴール!」

負けた……と大翔は思った。



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