篠突く影
筆で一筋描いたように暗く、細い路地裏。
仄暗い闇の中、銀色の閃光と山吹色の火花が咲いては散って、咲いては散ってを繰り返す。
ユフォと名乗る黒の踊り子は激しく、しかし妖艶に踊る。
思わず魅入られるその艶めかしい踊りは、死の舞踊だ。
華奢な手足の動きは、軟体生物の様に滑らかに狭きを這い回る。
セレティナはエリュティニアスを操りながら、ユフォの動きに思わず舌を巻いた。
セレティナの動体視力、反射神経を持ってしてもユフォのナイフがどこから飛び出てくるか予測が付かなかった。気が付かぬうちに首根が飛ばされるやもしれない。
そういった恐怖が対人戦で芽生えたのは、セレティナにとって酷く懐かしい感覚でもあった。
苦戦を強いられるセレティナの横を獰猛な獣が擦り抜ける。
リキテルはククリナイフを両腿のホルダーから引き抜くと、黒の荊に飛び込んだ。
めちゃくちゃとも言える制御姿勢。
地を這うようなリキテルのククリナイフは、瞬きの内に五度も吠えた。
鮫の乱杭歯を思わせるリキテルの荒々しい斬撃は、しかしユフォに届かない。
蜃気楼が揺らめく様に、彼女の体が艶めかしくそれらの間を擦り抜けたのだ。
お返し。
そう言わんばかりに、ユフォの蹴りがリキテルの頬を捉える。
風車の様な側頭蹴りは、少し鈍い音を伴ってリキテルをよろめかせた。
……しかし、ユフォの蹴りは鋭くはあるが重さが足りない。
リキテルを撃沈させる程の効果は無く、リキテルは切れた頬の内側に溜まる血を忌々しく吐き捨てた。
「宣言。勝てない。貴方達は。私に」
ユフォは黒のフェイスベールの奥からぼそぼそと遠慮がちに勝利宣言をすると、ぴたりとナイフを構え直した。
……強い。
セレティナはユフォの宣言に、歯噛みする。
ユフォの宣言に彼女自身が納得しているからだ。
セレティナの扱うエリュティニアスは、この猫の額程に狭い路地裏では存分に振るえない。
大きく振り回せば壁に当たり、しかし小さく扱えばその範囲はユフォの扱うナイフ、引いては徒手空拳が勝る。
リキテルのククリナイフはセレティナのエリュティニアス程に窮屈ではないが、それでも彼の奔放な戦闘スタイルはここでは大幅に抑制されているといってよい。
「捕まる、貴方。がっぽり、賞金。満腹、私。にっこり」
ぼそぼそと口遊むユフォは、自分の言葉を反芻しながら思わず笑みを浮かべた。
そんなユフォを見るにつけ、リキテルは犬歯を剥くとゆったりとククリナイフを突きつける。
「よう真っ黒なお嬢ちゃん。勝ったと思ってるな?勝負はこっからだ。天使サマをとっ捕まえておまんまが食えると思ってるんならまずは俺を倒せるくらいの蹴りを放ってみな」
「……勝てないよ、貴方達は。私達に」
「……達?」
ぞくり。
リキテルとセレティナの背筋を氷が這い回った。
……居る。
影に溶け込んで、分からなかったがあと三人。
路地裏の黒から浮き彫りになる様に、ユフォと見目が全く同じ少女が三人、姿を現した。
「金級冒険者チーム『篠突く影』」
「それが、私達」
「四人でひとつ」
「姉妹でひとつ」
「私達は、貴方達に投降を勧告する」
計八つの瞳が、リキテルとセレティナを嬲る様に視線を這わせた。
「四つ子……?こりゃあ……参ったな天使サマ?」
「……天使様ではない」
じりじり。
炙られる様な焦燥感が、セレティナの身を焦がした。
冒険者。
この世界に於いて、魔物に穢された汚染区域と人の生存領域に未だ明確な線引きは無く、未知の領域が多い。
冒険者とは汚染区域、又はそれに準ずる領域を調査し、冒険者組合から報酬を得る者達の事を指す。
危険な任務は多い。
上級の魔物と相対する事だって珍しい話でも無い。
冒険者は、強い。
強くなければ冒険者はやってられない。
それが、世間一般の彼らに対する認識。
そして金級冒険者とは冒険者の中において頂点を指し示す。
彼女らの首に下がる黄金のプレートは強者しか到達出来ぬ勲章。
……強いはずだ。
セレティナは臍を噛んだ。
まずは落ち着いて話から入るべきだった。
……しかし金級の冒険者が金目当てで捕り物とは珍しい話でもある。
「捨てて。得物を」
ユフォが吐き捨てるように言った。
「……どうするよ」
クルクルとククリナイフを手の内に弄びながら、リキテルがセレティナに問いかける。
「……ここから路地裏をなんとか脱出し、人を殺めずに外に出られる妙案はあるか?リキテル」
「……それが出来たら俺は今頃天才マジシャンになって金の延べ棒でジェンガでもやってるさ」
「……そうだな」
セレティナは観念した様に大きく息を吐いた。地の利は無く、頭数でも負けている。
下手に立ち回れば大通りまで巻き込み、無辜の民が犠牲になるかもしれない。
セレティナは、握るエリュティニアスの柄からゆっくりと力を抜こうとして……。
「セレティナ様あああああああっっ!!!」
自分を呼ぶその声に、弾かれる様に顔を上げた。
見れば顔面が涙と鼻水でぐじゅぐじゅになっている侍女のエルイットが、こちらに駆けてくるところだった。