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渦中の友

 


「それで、門を抜けたらどこに行く気なんだ天使サマ」


「一度王国に戻るつもりだ。信頼のおける教会で身を清め、まずは魔女の疑いを晴らす事が先決だろう」


「成る程な。でもいいのか。ベルベット旅商団に会いに帝国に来たんだろ。帝国を離れればまた次いつ会えるチャンスが巡ってくるか分からんもんだが」


「良い。特別先を急ぐ用事でもないし、私は自分の命をこんなしょうもない事で費やすつもりは更々ない」


「手堅いこった」



『準備』を粛々と進めながら、セレティナはあくまでも利己的な判断を述べていく。

 手持ち無沙汰に成りがちなリキテルは、ククリナイフの手入れをしているところであった。



「あのう……天使様はベルベット旅商団……イミティア・ベルベットに会われるつもりだったのですか?」



 セレティナに『準備』を施されながら、少年兵カウフゥはおずおずと口に出した。



「ええ、その為に帝国に来たと言っても過言ではありません。まあ今となってはその目的どころではありませんが」


「そ、うなんですか……あの……えっとですね……」



 カウフゥは続きを口籠る。

 歯切れの悪いカウフゥに、リキテルは怪訝な視線を向けた。



「なんだ、なんかあんのか?」


「ええ。多分……その……なんですけど」


「気負わず言ってみてください」


「はい……」



 カウフゥはそう言うと、ごくりと喉を鳴らした。



「イミティア・ベルベットにはもう会える事はないかもしれません」



 そう言い放ったカウフゥの言葉に、セレティナの手が思わず止まる。

 眠たげだったリキテルの興味も、多分にカウフゥに注がれた。



「カウフゥ、どう言う事か教えてくれませんか。出来るだけ詳しく」



 カウフゥはこくりと頷いた。



「その、僕達ゼーネイ卿とその兵士達は城塞都市ウルブドールに派遣された一団だったんです。今はご存知の通り数も少なくなりましたが、それでも最初は五百名程の頭数はありました」


「ウルブドールで戦争でもやってんのか」



 リキテルの問いに、カウフゥは首を横に振った。



「魔物です。ウルブドールをぐるりと飲み込む様に夥しいまでの魔物の軍勢が現れたのです。それはまるで『エリュゴールの災禍』の再来だと呼ぶ人間も居ました。僕達も戦いましたがそれでも焼け石に水。ゼーネイ卿の鶴の一声で撤退を余儀無くしました」


「……馬鹿な」


「恐らくあの地獄の様な光景を見てゼーネイ卿は心を壊してしまったのでしょう。決して善人では無かったけど、それでも子供達を囮にしたり、天使様に魔女の嫌疑をかけてまで保身に走る人間では無かった」



 ……話を戻します。

 そう言ってカウフゥは居直った。



「城塞都市ウルブドールは陥落寸前です。そして、ベルベット旅商団は今尚そこを脱出出来ずに居ます。恐らく、彼女らに会う事はもう……」



 そこまで言って、カウフゥは言葉を飲み込んだ。それ以上は語るまでもない。


 セレティナは、固まっている。

 嘆いている様にも、怒っている様にも、焦っている様にも、今にも泣きそうな子供の様にさえ見えてしまう表情。


 セレティナは一拍を置いて口を引き結んだ。



「……リキテル」


「へい」


「私はレヴァレンスを抜けたその足でウルブドールに向かう。貴方はそのまま王国に引き返しなさい」


「……ほぉ」


「天使様!?」



 カウフゥは思わず飛び上がった。



「なりませんよそれは!僕達をお救いくださった時の魔物の数とは桁そのものが違うのです!今度は命がいくつあっても足りない!ご再考を!」



 カウフゥは顔を真っ赤に染めて一気に捲し立てた。



「ええ、危険な事は重々承知です。無論魔物を殲滅する気はありません。イミティアをウルブドールから連れ出せればそれで良いのです。リキテル、後で手紙を認めておきます。貴方はそれを持って陛下とお父様に届けてくれ。君はよくやってくれた、本当にありがとう」



 セレティナはリキテルに向き直るとゆっくりと頭を下げた。



「おう、何だ一人で楽しむつもりか?」


「え」


「『災禍』の再来。そんなおもしろビッグイベントに俺を置いていくのかって言ってるんだ」


「……正気か?」


「正気じゃないのはお互いサマだろ?」


「……確かにな」



 そう言ってリキテルは楽しげに、セレティナは半ば呆れ気味に笑った。



「む、無理ですよ。無理無理。絶対無理。地獄なんですよ。連れ出すどころかウルブドールへの進入だって無理なんですってば」


「進入に関しては大丈夫です、私には一応とっておきがありますから。まあ進入後の事はどうなるか、知るところではありませんけどね」


「ほ、本当に行くんですか」


「ええ。彼女は私の数少ない友人ですから」



 そう目を細ばむセレティナに、カウフゥは何も言い返せない。若いカウフゥとて大切な人を何人も失った経験がある。


 だからこそセレティナの友人を思う気持ちは彼には痛いほど分かる。


 だが。

 しかし。



「〜〜〜〜〜〜〜っ」



 さりとてセレティナを失うのは嫌だ。

 煮え切らない思いが、カウフゥの心を責め立てる。


 唇を噛み、涙を浮かべるカウフゥにセレティナは微笑んだ。



「駄目です!やっぱり駄目!どうあっても死んでしまいます……!僕は貴女をウルブドールに見送るなんて事できません……!」


「カウフゥ」


「天使様はお強い、リキテルさんだって強い。でも、あの圧倒的な数の前にはどうあっても無力なんです!ましてや相手は魔物!慈悲なんてないんですよ!」


「……カウフゥ」


「僕は……僕は……」


「小さき戦士カウフゥ」



 目の奥に熱いものが滾る。

 鼻水は垂れ、年相応に小さな体は震えていた。


 そんなカウフゥを慈愛の瞳で見るのはセレティナだった。慈母の様に微笑み、彼女はゆっくりと手を広げている。


 おいで。

 セレティナの形の良い桜色の唇が、そう動いた。


 そうしてカウフゥは吸い込まれる様に、セレティナの腕の中に収まった。カウフゥの背中を、セレティナの細指がゆっくりと撫でつけていく。



「心配してくれてありがとう、小さき戦士カウフゥ。でも大丈夫、私は必ず生きて帰ります。なんと言ったって『天使様』なんでしょう?私に御加護はきっとあるはずです」



 甘いセレティナの香りがカウフゥをが包み込む。

 温かな体温と柔肌の感触に、カウフゥは図らずも落ち着きを取り戻した。



「良いですね?カウフゥ」


「うぅ……はい……」


「……さぁ、『準備』の続きをしましょうか。カウフゥ、あまり動かないでくださいね。ずれたりしたら大変ですから」



 セレティナはそう言って、微笑んだ。


 目標は決まった。

 作戦も決まった。


 ならば後は、成し遂げるのみ。



 セレティナの瞳の奥で、覚悟の炎が小さく揺らめいた。


 バリケード崩壊の予定時刻まで、あと半刻。



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