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ピンチ

 


 リキテルは手頃な椅子をセレティナのベッドの脇につけると、どかりと座り込んだ。



「まず場所的に言えばここはレヴァレンスの駐屯地なんだが……天使サマは五時間程度は寝てた事になるな。すっかり日も落ちてるだろう?」


「……天使様はやめろと」


「大きな怪我も無く救えた命も多い。ご立派な戦果だ。だが帝国兵や子供達の為に身を呈したのは結構な美徳だが、手を出さない方がよかったのかもしれない」

 

「…………どういう事だ?」


「窓の外を見てみろよ」



 リキテルが顎をしゃくってみせる。

 セレティナが毛布から抜け出し窓の外の景色を見るや、彼女の眉が歪んだ。


 階下に映る駐屯地の門。

 松明を掲げた大勢の衛兵が、不穏な空気を醸して詰め掛けている。セレティナが助けた兵達とは装備が違う事だけは伺い知れる為、彼等ではないだろう。

 何やら穏やかでない怒号を飛ばし、松明を振り回すそれは暴徒のそれに近い。


 目を細ばんだセレティナは、隠す事も無く大欠伸をしているリキテルに向き直った。



「なんだあれは」


「此処じゃあんたは天使様だが、一歩外に出ればあんたは魔物を先導して子供達を喰らいつくそうとした魔女だ……という事になってるらしい」


「……なんだと?」



 どういう事だ。

 セレティナの怪訝な視線に、リキテルは肩を竦めた。



「ガキンチョ達が乗っていた馬車。馬が矢で射殺いころされて車輪がぶっ壊れてたのは知ってるよな?」


「ああ」



 それは確かにセレティナも見た。

 明らかに魔物の仕業では無い、人が起こした犯行であった。



「あれは彼処に居た帝国兵を従えてたゼーネイ卿だかなんだかっつーおっさんの仕業だったんだ。追い縋る魔物の大群を見て、自分の命が惜しかったんだろうよ。ガキ共を囮にしようと弓で馬をぶっ殺し、魔道書の爆裂魔法まで使って馬車をぶっ壊したんだ」


「……何ということを」



 ギリ、とセレティナの奥歯が軋んだ。

 歪むセレティナの表情とは対照的にリキテルのそれは冷めたものだった。



「爆裂魔法に巻き込まれた帝国兵も大勢いた。死んだ者もな。帝国兵は何とか傷ついた者に手を貸したりガキ達を逃がそうと手を尽くしたが、そうしてる間に魔物に包囲されちまった。もたつく兵に尻を向け、ゼーネイ卿はまんまとレヴァレンスまで逃げ果せてきたってわけだ」


「そこに私達が介入したわけだな。だが待て、何故私が魔女だなんだと言われなければならない」


「分からないか?」


「……いや、何となく察してはいるんだがな」


「理解が早くて助かるよ」



 リキテルは続ける。



「レヴァレンスに着いた生き残りの兵達はゼーネイ卿を糾弾した。ガキ達を囮に使った事も声高にな」


「ああ、当たり前だな」


「ゼーネイ卿は兵は全滅したと思ってたんだ。そんな糾弾が続けばゼーネイ卿の民草や皇帝からの信用は地の底だ。それを嫌ったゼーネイ卿は何とか保身しようと足りない知恵を巡らせた。その見苦しい言い訳の主人公に白羽が立ったのが、天使様と崇め奉られるエリュゴール王国の公爵令嬢セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライトってわけだ」


「……続けてくれ」


「ゼーネイ卿が拵えた脚本はこうだ。セレティナは魔女である。人々を誑かせ、天使様と崇めさせる事ができる蠱惑の魔女だと。蠱惑の魔女は帝国兵を魅了し、子供達の馬車を襲わせた。余分な兵は飼っている魔物達に食わせ、後から子供達を喰らうつもりだったのだろう、と。勇敢なゼーネイ卿は自分だけは死地を切り抜け、なんとかレヴァレンスに逃れる事が出来た」



 セレティナは、言い様のない憤りを覚えた。

 私が、魔女だと。

 拳は硬く握られ、頭に血が上っていくのが自身にも理解できた。



「しかし勇猛なレヴァレンスの兵が子供達や生き残りの兵を迎えに行くと、蠱惑の魔女は流石に怖気ついた。魔物達を下がらせ、自らも美しい少女に偽る事で魅了した兵達に守られながら今も駐屯地にてその爪を研いでいる、ってな」



 リキテルは三流の脚本だな、と唇を尖らせた。



「しかしゼーネイ卿のその脚本は余りにも支離滅裂で、穴だらけじゃないか?私達や残存兵を保護してくれた兵達は違和感を感じるだろう。それに私を捕らえたところでどうする、私は仮にも王国の公爵家に名を連ねる者だぞ。捕まえたら捕まえたで色々と問題があるだろう」


「レヴァレンスの都市長とゼーネイ卿は親交が深いらしい。金でも握らせて箝口令を敷き、民衆の中にセレティナは黒だと嘯くサクラを大量に仕込めば世論なんて案外どうとでも動かせる」


「では私を捕らえたところでどうなるんだ」


「此処が上手いところなんだがな。ゼーネイ卿は公爵令嬢セレティナの皮を被っている魔女を捕まえると言ってるんだ」


「……あくまでも魔女、か」


「ゼーネイ卿の中ではあんたは戦死した事になっている。死んだセレティナの骸を被った魔女を捕まえたのだから一応言い訳は成立する。見苦しいがな。だから王国に喧嘩を売る気は無い、と大々的に言えるわけだ」


「しかし私が魔女である証拠は何も無い。冤罪で長らく牢に放り込んでおくつもりなのか。馬鹿馬鹿しい」



 肩を竦めるセレティナに、リキテルはくつくつと笑った。

 笑うリキテルに、セレティナは不満気に唇を尖らせた。



「何故笑う」


「あんた、自分の危機が分かってないんじゃないか」


「なに?」


「捕まったら駄目だ。あんたは自分が魔女だと自白しちまう」



 リキテルは椅子からゆっくりと立ち上がると、窓の外を見た。階下では、今でも暴徒然とした兵が松明を振り回している。



「薬漬け、違法とされている洗脳魔法、拷問……ゼーネイ卿はそれらを使ってでも何としてもあんたに自分が魔女だと言わせる気だろうよ。文字通り魔女狩りみたいなもんだ。なんたってこんなに大きな騒ぎにしちまったんだから」



 薬漬け。

 洗脳。

 拷問。


 リキテルは、にっこりと笑みを浮かべた。


 対するセレティナは頬に一筋の冷や汗を垂らし



「……もしかして、私って結構ピンチなんじゃ」



 ゆっくりと蒼褪めていく感覚を覚えた。

 リキテルはそんな彼女の様子に満足気に、鷹揚に頷いてみせた。



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