表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/206

赤と黄金

 


「お前は……その鎧は王国の騎士……!?」



 止まぬ喧騒の中、少年兵の驚きと訝しむ様な視線がリキテルに刺さる。

 リキテルはそれを受け、しかし笑みを崩しはしない。


 セレティナはすぅと息を肺に溜め、太く吐き出すとリキテルに今一度向かい合った。



「自信の程は?」


「自信が無いとここには来ないと思うけど?」



 リキテルは肩を竦めて戯けてみせた。

 少し子供っぽいリキテルの反応に、セレティナの口角が僅かに上がる。



「では三割……いや、半分任せられますか」



 セレティナの言葉にリキテルは吟味する様に薄っすらと目を細めて黒の大群に視線を投げた。増軍した分を併せて三百程度はいるだろうか。


 リキテルはペロリと舌舐めずりすると、腰に下げたククリナイフをゆっくりと引き抜いた。鞘と刃が擦れる音が、鋭く響き渡る。






「半分と言わず、全部平らげさせてもらおうかな」






 そう言ってリキテルは獰猛に笑うと、駆け出した。姿勢を低く低く。その異常な速度と姿勢の低さは獣のそれを思わせる。


 ペロリとリキテルの血色の良い舌が唇を這い回った。


 気づけば既にそこは黒の領域。

 魔物達が犇めく、絶死の最中。


 リキテルの掌の内で、クルクルとナイフが弄ばれた。


 視界は黒、黒、黒。

 四方八方、魔物特有の紅色の双眸が幾つもリキテルを捉えた。


 振るわれる鉤爪。

 既に何人もの帝国兵を喰らい尽くしただろうその爪は、どす黒い赤に塗れていた。


 合図は無い。

 しかしリキテルに群がる魔物達は、示し合わせたかのように彼目掛けて一斉に飛び上がった。



「ひとつ」



 リキテルが呟いた。


 それと同時。


 リキテルに迫る鉤爪は、しかし彼の操るククリナイフによって砕かれた。

 驚異的な速度。驚嘆すべき破壊力。

 ギラギラと妖しく光るククリナイフは、既に魔物の血に濡れている。気づけば、目の前に映る魔物が脳天から股座に掛けてぱっくりと真っ二つに引き裂かれていた。



「ふたつ」



 リキテルが呟いた。


 その間、彼に襲いかかる無数の鉤爪はしかし彼を捉えることはない。

 無茶苦茶とも言える体勢を取り、全ての爪をその反射速度と野生の勘のみで軽々と躱し、すんでのところでナイフで弾き飛ばす。


 リキテルは錐揉み回転し、魔物の爪を躱しながらナイフを手放した。

 投げ出されたナイフは、まるで吸い込まれる様に魔物の頭部に突き刺さる。頭が割れ、紅色の飛沫が飛んだ。


 ヒュウ、とリキテルの陽気な口笛が鳴った。



「みっつ」


「よっつ」


「…………ここのつ」



 リキテルが数字を口遊む度に、魔物が次々と溶けていった。まるでそれは死を宣告する呪文。



「……あれが、王国の騎士」



 ぽつり。

 少年兵が口の中で台詞を転がした。


 セレティナは、皮肉げに微笑んだ。



「傾奇者だとは思っていたが、ここまでやれる戦士だったとはな」



 そう言って、セレティナはエリュティニアスを横に振った。ぴゅう、と風を切る音が鋭く鳴る。



「天使様」


「そろそろ私も行きましょう。彼だけに全てを任せておいては流石に危うい」


「……………………お気をつけて」


「……ええ。貴方は万が一の時に子供達を連れて行けるように準備だけお願いします」



 では、行ってきます。


 セレティナはそう言って、二も無く駆け出した。足取りは、重い。


 だがここが踏ん張りどころだ。

 それが分かっているからこそ、セレティナは止まれない。止まらない。










 黒に塗れた草原を、赤と黄金の流星が駆け抜ける。


 赤が駆ければ黒が割れ、黄金が駆ければ黒が散る。二対の流星は、正に帝国の希望の星。



 リキテル・ウィルゲイム。

 セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト。



 常人の域を超え、英雄の領域にすら踏み込んだ二人の剣士はまるで狂ったかの様に魔物を狩り続けていく。


 狩って、狩って、狩って。


 果たして蹂躙の限りを尽くすのは人と魔物、どちらなのか。そう思わせてしまう程には。



 リキテルの剣は、荒い。

 傍若無人で、野生的で、まるでセオリーが無い。驚異的な反射速度と、強固でしなやかな筋肉があればこそ演出できる獣の様なスタイル。


 逆にセレティナの剣は、洗練されている。

 研ぎ澄まされたそれは剣の極致。全ての剣士のその頂に君臨する技術の粋。力こそ無ければ、しかし一撃必殺を以て命を奪い去る神速の剣技。



 余りにも懸け離れた二人の剣士は、しかしこの場に置いて天下無双を極めた。


 赤と黄金の輝きに、帝国兵も益々猛る。

 男達は怒号を上げ、筋肉を軋ませ、魔物を次々と得物の錆に変えていく。


 魔物達が、遂に怯えを見せ始めた。

 吼え、猛る人間達の逆襲に、とうとう数を減らしすぎたのだ。

 魔物達の増援は、もうない。


 やがて赤と黄金は帝国兵に背中を押されながら黒を喰らい続け、漸く勝ちが見えたところで……黄金は光を失った。



 セレティナは全ての体力を吐き出して草叢の中に崩れ落ちた。鈍く光るエリュティニアスも、彼女の手を離れて力無く転がった。


 しかし、セレティナは朧げに明滅する視界の中に見たのだ。銀色の鎧を纏った帝国の迎えの軍の一団を。


 戦い続けたセレティナは草叢の中に転がり、僅かに微笑んだ。


 子供達は、守れた。

 帝国兵の全滅も、免れた。


 ……後はリキテルと帝国に任せよう。

 身勝手ですまないが、私は少し眠らせてもらう。


 全ての力を吐き続けたセレティナは、青の匂いが煙る草の中、静かに微睡みの中に落ちていった。

 彼女の全ての力は今この時、空っぽになってしまったのだから。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ