表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/206

退屈な旅路

 


 面白くないなァ。



 ガタゴトと揺れる馬車の中、リキテルは舌舐めずりをしながら鋭利な視線を窓の外に投げた。


 まるで気の抜ける様な空。

 平和ボケが移りそうな風景。

 ナイフの一つでも研いでいた方が余程建設的な暇な移動時間。


 リキテルはガシガシと髪を掻くと、コーシャクサマの無礼にならない程度に椅子に深く腰掛け直した。


 ちらり。

 リキテルは物憂げに風景を眺めるセレティナを垣間見た。


 美しい。

 確かに噂に違わぬ美しさだが、しかしそれだけだ。力を感じない。


 リキテルははっきり言ってしまえば騙された気分だった。退屈だ。何がお前に匹敵する実力の持ち主だ、だ。黒ゴリラめ。


 リキテルは心中でロギンスに舌を打った。


 騙したな。


 そう、ここに来てリキテルはその考えに至った。来る日も来る日もロギンスに決闘を挑んでいたものだから、面倒臭くなった彼は自分に適当な理由をつけて帝国までおつかいに走らせたに違いない、と。


 もし本当にロギンスの言葉通り目の前に座する公爵令嬢が強者であるならば気づくはずだ。

 リキテルが発している、微弱な殺気に。


 試すつもりで発したそれは、しかしセレティナはもそもそとマドレーヌを食むのみで気づいた様子は無い。

 ちらりと一度目が合ったが、それはきっと偶然だろう。



 強者と殺し合える機会が訪れたと思ったのに。リキテルは嘆息した。


 この旅は、きっと退屈なものになる。


 リキテルは欠伸を咬み殺すと、余りにも暇なこの時間をどう潰そうかと思案した。








 *








 馬車は行く。


 ウール平原を縦に線を引いて行く様に、街道に沿って何事も無く。

 いくつかの中継地点で夜を明かし、馬車が行く事丸三日が経過した。


 とうとうギルダム帝国の交易都市レヴァレンスが視認できるだけの距離に来た。

 小高い丘からはレヴァレンスの全容が……とは行かなくとも、一部の街の様子は見て取れる。


 赤煉瓦のとんがり屋根がいくつも天を突き、やはり交易都市と言うだけあって広大で、尚且つ人の賑わいも半端なものではない。


 そのレヴァレンスを囲むように、無骨な壁が街を防衛している。

 帝国は汚染域に近いという事もあり、大きな都市にはこう言った壁が形成される事が多く、帝国に於いてはこう言った光景は決して珍しいものではない。


 そうは言ってもレヴァレンスは帝国の都市の中では比較的安全な方で、ああいった壁が実際に役立ったというケースは稀なわけだが。


 セレティナは懐かしむ気持ちで窓の外を見た。前世、彼女が来た都市もここだった。


 実に20年以上も前の事だ。

 沈んでいた気持ちも、ほんの少し浮き足立つのも無理はないだろう。



 ……しかし。



「お、おい!あれはなんだ……!?」



 馭者の男が、震える声で叫んだ。


 丘の下。

 レヴァレンスを囲む壁の外で、黒い何かが蠢いている。


 黒、黒、黒。

 夥しい量の黒だ。

 それはそれぞれが出来損ないの人間の様な風貌をしていて、ひょろひょろと枯れ木の様な四肢を持ち、手に当たる部分には巨大で鋭利な鉤爪が三本生えている。

 ぎょろりと蠢く紅色の瞳は、どこか爬虫類を思わせ、見た者の精神を削る事だろう。



『中級下位』に当たる人型の魔物。



 それらの大群が、帝国の兵達と交戦している。しかし何分数が多く、兵の数が少ない。


 戦況は、芳しくない。

 と言えばマイルドな表現だが、実際のところは蹂躙に近い。


 丘のすぐ下では、地獄の光景が広がっている。


 何故こんなところに大量の魔物が、というより先に恐怖が先行した馭者は唾を吐き散らしながら喚いた。



「ひ、ひきゅひきぃ引き返しましょう!い、ぃい今ならまだ奴らにばれていない!今すぐ引き返しましょおぉう!!」



 必死だった。

 口元にぴんと整えた髭も、台風にでもあったかの様に乱れている。


 馬車を取り囲む騎兵達も、怖気ついた様にごくりと喉を鳴らした。


 何せ化け物は百……いや、二百はいる。

 十人そこらの騎兵があそこに飛び込んだところで、何の足しにもなりはしない。

 それに加えてここは帝国だ。

 助ける義理も責務もありはしない。



「……そうですね。引き返しましょう」



 凛とした声。

 セレティナの声だった。


 その声に、誰もがホッとした。

 誰でもよかった。

 ただ誰かのその鶴の一声が欲しかったのだ。


 それを受けた馭者と騎兵は表情に安堵を滲ませた。手綱を握り直し馬を反転させようとして……しかしセレティナの声は続く。



「私は降ります。皆様、お気をつけて」


「え……は?いやしかし」


「エルイット。『エリュティニアス』を」


「はい」



 馭者は思考が追いつかない。

 そうしているうちにセレティナはエルイットから宝剣を受け取ると、馬車の窓からえいやっと飛び降りる。


 そして誰もが何も把握できぬままセレティナは丘を一気に駈け下り、黒の海に飛び込んでいった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ