大好きよ』
好き。
好きなの。
どうしようもなく、好き。
エリアノールは声を上げて泣いていた。
枕に顔を押し付けて、乳飲み子の様に外聞もなく慟哭した。
熱い。
それは灼熱の焔となってエリアノールの身の内を焦がした。
セレティナへの恋慕の情は、彼女自身身に余るほどのものだった。
行き過ぎた想いは、やがて毒になる。
エリアノール自身がそう恐れを抱くほどに。
好き。
好き。
好き。
溶岩がグツグツと煮える様に、セレティナへの想いは冷める事を知らなかった。
諦めるつもりだった。
聞き分けの良い大人の様に振る舞うつもりだった。
でも、そんな事は出来ない。
出来なかった。
セレティナへのこの想いは、諦める事も汚す事もしたくなかったから。
「っううぅう……!ふぅぐぅぅ……っうぇえええぇえぇえええええええぇえん!!」
窓の外を見ると、一台の馬車が城外に出て行くところだった。
視界が滲み、揺れ、エリアノールはまた慟哭する。
涙に滲む翡翠の瞳は、されどその馬車を捉えて離さない。
あの馬車には、愛する者が乗っているのだから。
ごめんなさい。
エリアノールは謝罪する。
ただひたすら、平身低頭に。
私は、弱い女です。
貴女に酷いことを言ってしまいました。
許してくれとはいいません。
だから、どうか私に優しくしないで。
馬車はどんどんと豆粒の様に小さくなっていく。どんどん、どんどん。
エリアノールは終ぞその気持ちにけじめをつける事が出来なかった。けじめをつける事も嫌だった。
……だから、セレティナに嫌われようと決意した。
故にエリアノールはセレティナに謝罪するのだ。己の弱さを、彼女に押し付けてしまったのだから。
エリアノールは、セレティナに嫌われる事で彼女との距離を置こうとした。
それは、とても狡い選択だ。
きっとセレティナは傷ついた。
エリアノールは己の想いを断ち切るのを、相手に任せ切りにしてしまったのだ。
……だが、きっとこのままでは溺れてしまう。
セレティナの優しさに魅せられて、もう引き返せなくなってしまう。
どこまでも貪欲に、あの黄金の少女を欲してしまうだろう。
だが。
しかし。
それでは駄目なのだ。
エリアノールには王女として、務めを果たさなければならない義務がある。
王の血を残し、王国の繁栄に努める事。
セレティナも、ウェリアスやディオスに娶られ、その義務を果たす事になるだろう。
その未来を考えたら、この想いは胸に秘めたままのほうがきっと良い。
エリアノールはそう決断して、涙を流すのだ。
顔に押し付けた枕は既に鼻水と涙、それと涎でぐちゃぐちゃだった。
彼女の顔も酷い有様だ。
でも、良い。
エリアノールはそう思った。
今は、今だけはただ泣かせてください。
誰にもこの想いは告げられない。
だから、今は泣くのだ。
泣いて、泣いて、この体に満ちる力が空っぽになるその時まで。
少女の初恋とは、驚きに満ちている。
エネルギーがあって、無謀で、取り止めが無く、しかし夢があり、きらきらしていて、宇宙創生の大爆発にも似ている。
それは、誰にも等しく訪れる閃光に満ちた衝撃。
夢見るエリアノールが恋した初めての相手は、セレティナだった。
騎士道を尊び、美しく、気品があり、そして心に太い芯があって、どうしようもなく素敵な『女性』だった。
エリアノールは、彼女に恋した事を後悔もしなければ恥もしない。
きらきらと一番星の様に煌めく想いは、心の奥深く、その最奥の宝石箱に、そっと仕舞おう。
ずっとずっと、大切にして。
いつの日かその想いを宝石箱から取り出した時に、笑って手のひらで転がせる日がくるその時まで。
*
二人の道はここで一度分かたれる事になる。
しかし二人の運命は国を思えばこそ、再び交わり、重なる時がやがていつか訪れる事になるだろう。
公爵令嬢セレティナ・ウル・ゴールド・アルデライト。
エリュゴール王国第一王女エリアノール・ヘイゼス・エリュゴール・ディナ・プリシア。
この両名がこの時代を牽引していく対の英雄になる事を、この時はまだ誰も知る由は無い。
第二章『姫と騎士』これにて完結です!
有難うございました!
物語はまだまだ続きます
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