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宣言

前回に続きます

 



 セレティナは宝剣を固く握りこみ、ふと視線に気づく。


 エリアノールのものではない。


 視線を辿れば、ウェリアスが革靴の音を鳴らしてこちらに歩いてくるところだった。


 色彩豊かな花の庭園に、銀色の貴公子の姿はよくよく似合う。

 肩ほどまでに伸びた銀色の髪の毛は、彼が歩くたびにふわりと揺れていた。


 ウェリアスはセレティナと視線が合うと、目を細めて喜色を表した。


 セレティナは接近する王子を前に喉を鳴らして調子を整えると、スカートの端を摘んで深々と頭を垂れた。



「お早うございますウェリアス様」


「お早うございますセレティナ。ここにいると思いましたよ。エリアノールも今日は早いですね」



 ウェリアスは柔らかな笑みを浮かべた。

 しかし。



「ウェリアス様、その格好は」



 セレティナは思いがけず疑問を投げかけた。

 普段城内にいる時とはウェリアスの装いは少々異なっていた。


 革のブーツに、軽鎧。

 白の品の良い上下に合わせた外套は厚く、どちらかと言えば機能的にも見える。

 腰には剣が差されやはりいつもの華々しさは無く、どちらかと言えば物々しい雰囲気が醸されている。



「これですか?少し離れた領内に魔物が出たそうなのでそれの視察をしにこれから行くんですよ」


「……大丈夫なのですか、その様なところにお行きになって」


「大丈夫ですよセレティナ。僕が直接戦うわけじゃないですから。それにこの体には王の血が流れている……。危険な真似はしないとこの身に誓いますよ」



 しかし、と割って入ったのはエリアノールだ。



「何故その様なところへ?魔物の討伐は騎士や冒険者の仕事ですのよ?」


「だからさ」


「え?」


「僕達王族は守られてばかりです。魔物に関わる危険な仕事はいつも他人に任せきりで、僕達は彼等に指示するだけだ。あれを予算内、与えられた兵のみで殺してこい、とね」



 ウェリアスは少しばかり伏し目がちになった。



「以前はそれで良いと思っていました。守るのが彼等の仕事で、僕達は他に為すことが沢山あるのですから。でも、今回の事件で思い知ったのです。魔物の恐怖を、戦う戦士達の気高さを」


「ウェリアス様……」


「僕は戦う者の味方でいたい。彼等が僕等を守るように、僕等も彼等を最大限に守りたいのです。命を賭けるに相応しい王の器になりたい、とも」



 ウェリアスは寂しげに笑った。


 自分が弱い事を、彼は思い知った。

 何も知らなかった事を、彼は思い知った。


 そんな自分に嫌気が差したのだ。

 胡座をかいたまま、玉座に座ろうとした自分が真底恥ずかしくなった。


 変わりたい。

 ウェリアスは、今まさに殻を破ろうと踠いている。


 その為に出来る事を、彼は彼なりに考えた。

 まずは知る事。

 知って、体感する事。


 まずはそこからだ。




「ウェリアス様……そのつわもの達への深き御配慮と己を律しようと心掛ける気高き志に……私は今、感激しております……!」



 セレティナは、目を輝かせた。


 兵を想う王。

 それが、どれだけ素晴らしい事であるか彼女は知っている。


 王子は、立派に成長為されているのだ。

 それだけでセレティナの胸は沸騰した様に熱を帯びた。


 ウェリアスはそんなセレティナを見て、困った様に笑った。



「そんな大袈裟な事ではないですよセレティナ。僕が今までどれほどの無知であったか思い知らされただけです」


「その様な事は決して」


「いえ、これは事実として受け止めねばならない事ですからね」



 誰かに褒められたくてする事ではない。

 ウェリアスは切実に自身の成長を願っていた。



「それよりお兄様、お時間は宜しいのですか?」


「ああそうですねエリアノール、ありがとう」



 ウェリアスは懐から懐中時計を見ると、少し渋い顔をして再び懐にしまい込んだ。


 そして、セレティナに向き直る。



「…………」



 口をぐっと引き結んで。

 何かを決意した様な表情だった。


 その表情に、僅かにセレティナの表情も強張った。



「セレティナ、貴女は明日王都を出発するのでしょう。僕は今日から少しの間王都を留守にするつもりなので、今日を最後に暫く貴女と会う事は無くなります」


「……はい」


「暫くのお別れです。その間、僕は自分を鍛えたい。人として、王子として……そして、一人の男として」



 貴女の隣に並び立てる様な、強い男になる為に。


 セレティナの手を取ったウェリアスの翡翠の瞳の光が僅かに強まった様な気がした。

 それは、ある種プロポーズを仄めかす様な言葉だった。



 ……しかしセレティナはそれに気づかない。

 王子の成長が嬉しくて、ただただ親の様な目線で感激し、浮かれていたからだ。

 セレティナは困った様に眉根を下げて微笑んだ。



「私は……私も、強い人間などではありません」


「貴女がそう言うのであれば、僕は貴女を守れるくらいには強くなりたいものです」



 ウェリアスはそう言うと相好を崩した。

 釣られてセレティナもくすりと微笑んだ。


 春の風が吹き、二人の間に柔らかくゆっくりとした間が流れていく。


「セレティナ、貴女に言いたい事は言えました。それでは時間もありますので僕はそろそろ行きますね。……風邪には気をつけて」


「……ウェリアス様もお達者で」


「ありがとう。エリアノールも……って、あれ?」



 ウェリアスは、言葉を噤んで辺りを見回した。

 セレティナも釣られて辺りに視線を配った。



 ……が。



 エリアノールが、いない。


 忽然と、彼女は二人の前から姿を消していた。

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