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騎士よ、強者たれ

 




 剣は流れる様に美しい弧を描く。

 銀色の軌跡を残しながら、セレティナの手によってゆっくりと型が刻まれていく。


 呼吸を鋭く、深く、長く吐く。

 瞳を閉じて己の思うままに剣を操り、足を運んでいく。


 平静を保ち、静寂を重ねる。

 彼女の動きは流麗で華麗。

 己の体を、剣を、思うままに動かし、されどそこに呼吸の乱れや衣が摺れる音は一切発せられない。


 あるのは、春の風が庭園の色鮮やかな花々を撫ぜる音のみだった。


 ……演舞、の様なものなのだろうか。

 庭園のベンチに腰掛けているエリアノールは、セレティナのそれに魅せられていた。


 その動きに派手さは無い。

 眼を見張るような奇抜な動きをしているわけでもない。


 ゆったりと、春の空を揺蕩う浮雲の様な剣舞。


 しかしエリアノールは、ただひたすらにそれに心を奪われた。

 剣の知識に明るくない彼女でも、セレティナの動きに身じろぎひとつできない。


 剣に心を重ね、己のイメージにぴたりと体の動きを擬える。


 明鏡止水の心に、波紋は無い。


 修練に実戦を重ね、才能を弛まない努力で研鑽し、決して驕らず、己を律し、それでも挫折し、乗り越え、剣を磨き続けてきた男の技術の粋がそこには詰まっている。


 セレティナはイメージを重ねていく。

 嘗ての自分の強さの、ほんの一握りでも取り返せる様に。


 オルトゥスに出来る事ではあっても、セレティナに出来ない事はいくつもある。


 龍の首を堅牢な鱗ごと砕き落とす圧倒的な力。

 大人が三人抱えて漸く担げる鎧を纏って、先陣を飛ぶ様に駆けられる敏捷性。

 死の淵に遭っても、一つたりとて剣が狂わぬ胆力。


 そんなものは無い。

 華奢で病弱な肉体。

 精神とて見た目相応に揺さぶられる事さえある。『誇りと英知を穢す者エスト・ティトゥ・セクタス』と対峙した時とてそうだった。前世であれば感じられなかった恐怖を、この生身にまざまざと感ぜられたのだ。



 弱い。

 セレティナは弱い。


 しかし有るはずだ。

 オルトゥスに出来なくて、セレティナにしか出来ない剣の動きが。


 セレティナは剣の柄から先まで、ぴたりと意識を這わせて舞い刻む。


 ……だが。



「……見えない」



 セレティナは、小さく息を吐くと剣をゆっくりと下ろした。

 たっぷりの睫毛を湛えた瞼を開き、天を仰ぐ。

 セレティナの瞳と同じ群青色の空を、いくつかの雲がゆっくりと右から左へ泳いでいく様が見えた。


 セレティナは僅かに目を細めると、剣を流れる様な所作で鞘に納める。

 キン、と高い音が静寂を叩いた。




 ……見えない。

 セレティナにはどうしても見えなかった。



「何がですの?」



 ベンチに座るエリアノールが尤もな疑問を投げかけた。



「……私が強くなる姿が、です」


「何を言ってるんですの。セレティナさんは十分お強いではありませんか」


「……そうでしょうか」



 腰を低く構えて宝剣の鞘に右手を当てがい、小指から順に折り込んでいく。


 一拍を置いて、セレティナは一閃空を横に薙いだ。

『エリュティニアス』が甲高く嘶いた。


 銀の火花が散った。

 常人であれば、いや、ある程度剣を鍛えた人間でも彼女の剣の閃きをそう捉えるだろう。

 瞬きでもすれば抜剣の動きはコマ飛ばしにすら見えるかもしれない。


 だが、それでも。



「…………っ」



 セレティナにとっては、生温い速さだ。

 下唇を噛み、己の脆弱さを思い知る。


 オルトゥスは強い。

 強かった。


 こんなものではない。

 私は、もっと強くあるべきなのだ。



「…………」



 ふと、気づけばセレティナは首筋の紋章に触れていた。

 それはこの数日、一種の彼女の癖になっている。


 ディセントラが愛しいわけではない。

 その紋章が心の拠り所になっているわけでも勿論ない。


 しかしこれは今、セレティナに快調を齎す力の源になっているというのは確かだ。


 ……セレティナは口を一文字に引き結んだ。


 これは、きっと頼ってはいけないものだ。

 あの憎き魔女が残したものに相違ないのだから。


 ……しかし、それでも。

 己の弱さ故に目に映る無辜の民を取り零すくらいなら。


 ……この紋章に頼る事も、厭わない。







 嗚呼、会いたいよ。


 セレティナは空を仰ぎ、イミティアの姿を思い浮かべた。


 彼女は、こんなに弱い私でも受け入れてくれるだろうか。


 セレティナは宝剣を固く握りこむと、皮肉げに笑みを浮かべた。



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