密談
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「セレティナ嬢を帝国へ?」
ロギンスは意外そうに答えた。
ガディウスはそれを受け、鷹揚に頷いた。
「うむ。……ベルベット大旅商団は今ギルダム帝国に留まっておる。隣国という事もあり、最も王国に接近していると言っても良い。定例の使節団に付き添わせる形で彼女を派遣させるつもりだ」
ロギンスは顎に手を当て、没頭しない程度に思考する。
今セレティナを国から出して良いのか。
ロギンスとてセレティナの剣を見極め、彼女が邪悪な魂の持ち主では無いと悟った。
が、そもセレティナの行動言動は何から何までおかしい。
ガディウスが言うにはセレティナはかの大旅商団と王国の橋渡しができるという。
しかしながらイミティアとセレティナは知己の仲では無く、橋渡しできるという根拠も理由も無い。
それでもセレティナは、こう言うのだ。
どうか私を信じて欲しい、と。
……信じる方がどうかしてる。
ロギンスは素直にそう思った。
ロギンスはセレティナの事を買っているし、むしろ彼女の事は信じてあげたいと、そう思う程度には一目置いている。
セレティナが真実のみを語り、本当にベルベット大旅商団と再びこの国が結びつけるなら値千金と言っていい。
だが。
「危険では。彼女は未だ魔女との繋がりが無いと断定できたわけではありません。そんな人間をみすみす国外へ送るなど……」
「しかしお前はセレティナは邪悪なものではない、と言っていたではないか」
「ええ。ですがそれとこれとは話が違います。彼女が白である証拠が無い以上軽率な行動は控えるべきかと」
「では今回の件は見送るのか。かの旅商団の足の軽さは知っておろう……帝国からまたいつ飛び立つやも分からぬ。呼びつけてもイミティアは来ない。そうなれば次接触を図るとなればいつになるか分からぬぞ」
「……セレティナ嬢の語る事が全て嘘だとしたら」
「そうであればその時はその時だ。咎人として、法と剣を持って裁くのみよ」
「彼女は強い……それも並じゃ無い。帝国で暴れられ、逃亡でもされたらとてもじゃないが手が付けられません」
「お前がそう言わしめるほどに彼女は強いのか」
「ええ。殺せと言われれば可能ですが、五体満足に捕縛しろと言われれば私でもまず無理でしょう」
ロギンスの語る口調はとかく硬い。
そこには混じり気の無い真実が込められているからだ。
ガディウスはロギンスの言葉に身を硬くし、唾を飲み下した。
王国最強の騎士を持ってして捕縛は不可能と言わしめるセレティナの力量に、思わず戦慄したのだ。
あのか細く、完全に争いの外にある体のどこにそれほどの力が眠っているというのか。
剣ができるとは聞いていたが、それ程とは流石に想定していなかった。
「理解できましたでしょうか、彼女の特異性が。魔女との繋がり、異常なまでの力量、そして此度の陛下への進言。たかだか十四の娘の持つ特異性とは一線を画します」
「ではどうしろというのだ」
ガディウスは肩を竦めた。
ロギンスは顎に手を当て少し考え込む仕草をすると
「……リキテルを護衛という名目で監視役につけさせましょう」
「……リキテル、か」
ガディウスの頭にひとりの男の姿が浮かび上がる。
若く、赤毛が特徴の青年だ。
ちらとしか見た事がないが、戦場で生きるもの特有のぎらぎらとした鋭利な存在感がガディウスの脳裏にも深く刻み込まれている。
「平民上がりの騎士で粗暴な点も多いですが腕は確かです。私の目測ではセレティナ嬢と五分……と見ています。国騎士や紋付きの騎士を当てがうより適任でしょう。……酷ですが、事があったとしても彼なら切り捨てやすい」
「うう、む。そういう考えは望むところではないが……」
「……理解しております。ですが仕方のない事だと割り切って頂かねば」
「…もうこうなれば正面切ってセレティナに聞けば良いのではないかと思ってしまうのだが」
「万が一魔女と繋がりがあるのであればそれは愚策かと。王国を警戒させるだけだと思われます」
「……うむ」
ガディウスは玉座に深く腰掛け、天を仰いだ。うら若く、仲の良い公爵家の娘を疑うのは余り気持ちの良いものではない。
……しかしそれはロギンスとて同じこと。
人としてではなく国の為、あくまでも感情を排除してものに当たらなければならない。
それを二人は、重々承知している。
「……では使節団の出発を早めよう。リキテルにはロギンス、お前から説明をよろしく頼む。大事な事は伏せてな」
「……承知しました」
そう言ってロギンスは深く頭を下げた。
国を想うとは、容易いことではない。
ロギンスは心中でひとつ、小さな溜息を吐き出した。




